個性輝く宅配便のおじさま(2016年47歳)
自宅周辺エリアの「配達関連」の方々は、皆さんとても一生懸命で良い方ばかりだ。
いつでもどんなものでも、爽やかにモリモリ運んで下さる。
そのスタンスは、たとえ我が家の玄関の軒が異常に短くて、雨の日に何のお役に立っていなかったとしても一切変わらず、イヤな顔ひとつされることはない。
いや、それどころか、中には小さ目の荷物が雨に濡れないよう、上着の中に入れて持って来て下さる若き配達員の方もいらっしゃるのだ!
たとえ自分は雨に濡れようとも、荷物を守ってくださるそのお姿……。
もうそれだけで感激なのだが、そんな彼のお腹から『はい!』とばかりにスルリと荷物が取り出された時、私はいつもプレゼントをいただいたような特別な感情に包まれる(勘違いも甚だしいが…😅)。
このように、毎回快適に受け取れるようにして下さる皆さんには、本当に尊敬と感謝の気持ちで一杯なのである。
さて。そのような皆さんの中で、ちょっとだけ顔見知り(?)になったおじさま配達員さんがいた。
細身で小柄、いつも一生懸命に大急ぎで仕事をされているおじさま。
加えて、ちょっとおちゃめで、ちゃっかりされているお方でもあった
(かなり年下の私が言うのも何ですが…💦)。
そのキャラクターが遺憾なく発揮されるのが、当時よく利用していた「代引き支払い」の時であった。
と言うのも、私は皆さんのお仕事が円滑に進むよう、代引き料金を毎回出来る限りピッタリ準備しておくようにしているのだが、お渡しした時の反応がひと味違うのだ。
それは例えば、他の配達員さんならば、ちょっとした驚きとともに「あっ!ちょうどですか!ありがとうございますー!(with爽やかスマイル)」で終わるところ、そのおじさまに至っては「いや~さすがイナダさん!助かります~!」などとすかさず持ち上げ、風のようにさっさと帰っていかれる。
更には、配達車から事前に“代引き荷物のお知らせ電話”をかけて来られる時なども、「イナダさん、今日代金ちょうどある?お釣りの袋持っていかなくていい?」などと気軽に尋ねて来られたりする。
で、たまに私が「いや、今日は細かいのがないので、お釣り必要です。お願いします!」と笑って答えると、届けに来た際「いや~すみません。イナダさんいつもきっちりしているから、必要ないかと思って……」と、そう重たくもなさそうなお釣り袋を広げ、鼻の下にずらしたメガネの上から、上目使いでエヘヘと笑う。
そのちゃっかりっぷりに、私もつい笑ってしまうのだった。
この独特な親しみやすさと、風の如くサックリされたキャラクターにより、私の心の距離は徐々に近くなっていった。なので、他の配達員さんに言われたら、場合によってはちょっと一線を引いてしまうかもしれないような、「あれ!髪切ったね!」とか「あれ、久しぶりだよね!」という言葉にも吹き出すことが多かったのである。
そんなある夜。
鳴らされたインターホンに出ると、荷物を告げるおじさまの声がした。
「……ああ、荷物か……」と力なく玄関に向かったその時の私は、泣きはしていなかったものの、実は深い悲しみに打ち沈んでいた。
とは言え、おじさまにこのエネルギーをまんま投げかける訳にはいかない。なので、気力を振り絞り、開錠直前には通常モードにチェンジ。
いつものように受け取り、半開きのドアを閉めるため、ノブに手をかけた。
とその時。急におじさまが、あさっての方を見つめたまま、驚きの声をあげた。
「あ!あれ、何だろう!」
「え!?」
「ほら、あれ!……月ですかね!」
「え!?」
つられて玄関から身を乗り出す。
「ほらあれ!」
と、おじさまが指さした先の、家々に切り取られた空……。そこには、糸のように極細な発光体……、いや、白々とした月がわずかに光を放っていた。しかも、なんだかうっすら笑っているみたいだ。
「あっ!あれ、月ですね!すごく細いですね!!」
「やっぱり月ですか!いや~あんなに細いの初めて見たな~。いつも下ばっかり見て、走って仕事してるから気が付かなかった!」
私たちはアハハと笑った。……が、おじさまはその笑い声が消える間もなく「じゃ、ありがとうございました~!」と元気に告げ、いつものようにさっさと帰って行かれた。
ひとり取り残された私は、しばらくその神秘的な月を眺め、静かにドアを閉めた。
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その後部屋に戻っても、心には一筋の光が細く射し込み続けた。
あの月から注がれているような光だった。
徐々に悲しみがチラチラと照らされていく。
私は大きく息を吐きだした。
おじさまのふとした問いかけ。何気ない笑い。
それがこんなにも心を救ってくれることになるなんて……。
私は、交わした会話を思い返し、ちゃっかりおじさまに深く感謝した。
おじさまが、おじさまらしいキャラクターであり続けて下さっていることにも感謝した。
そして、会話をもたらしてくれた「うす笑いお月さま」にも感謝し、温かな気持ちでその夜を過ごしたのだった。
余談その1 ------------------------------
このエピソードから2年ほどして、おじさまとは全くお会いしなくなった。
もしかしたら、辞めてしまわれたのかもしれない。
いつもお元気そうだったので全く分からなかったのだが、おじさんは何かの障害をお持ちだったようだ。
と言うのも、以前ペットボトルの水1ケースを受け取る際、私が「大丈夫です!持てますから!」と自ら家に入れようとすると、「え、大丈夫!?持てるの!?」と心配そうに言葉をかけて下さったものの、すぐにおっしゃったのだ。「いや、でもイナダさんの方が力があるかもね。私、障害者だから……」。
余りに軽やかに告げたその言葉は、あっという間に風に流されていった。そしておじさまも風のように去っていかれたので、私は瞬間的に詳しい事を伺うことは出来なかったのだが、おじさまが明るく一生懸命に仕事をされていることに、ますます敬服したのであった。
そんな頑張り屋さんだったおじさま。その後はゆっくり楽しく暮らせていると良いなと、今でも時折思う。
余談その2 ------------------------------
実は誰も彼もと心を開くわけではない私。
そんな私が、おじさまに対してオープンになった根本的理由として、
*いつもものすごく一生懸命仕事をされているが、決してユーモアを忘れない(忙しさにあっても、心のゆとりを感じる)
*言うだけ言って、後はさっさと行ってしまう(非常にさらりとしている)
*言葉に思惑が全く無く、本音を話して下さる(たまに「(体力的に)きつい…」とおっしゃっていた)。
……などがあげられる。
余談その3 ------------------------------
「代引き」は最近とんと使っていないが、支払い方法が少なかった当時は、私的に全盛期。本当にお世話になっていた。
代引きは、お釣りのやりとりに時間がかかる。なので、「ぴったりの金額を準備しておくこと」は、悪天候の日も酷暑の日も寸暇を惜しんで走っておられる皆さんへの、私なりのささやかな恩返しだった。
私は思うのだ。ひとりのちょっとした工夫が積もり積もって、配達員さんの時間と心に余裕が出来るといいなと。そんでもって、ご自身の時間や大切な方との時間をより多く持てるようになれば嬉しいなと。
そんな心の豊かさが、ひいては社会全体の平和に繋がるんじゃないかな、なーんてことも……。