大家さんのようなペンションオーナーご夫婦 @沖縄(2012年43歳)
心の風穴に寒風吹きすさぶ、12月。
女ひとり、シーズンオフも甚だしい沖縄へ旅立った。
2泊3日の宿泊先はコンドミニアムタイプのペンションで、当時出来立てホヤホヤのピッカピカ。
オーナーさんは、私より5・6歳ほど年上と思われる仲睦まじきご夫婦であった。
で、こちらの建物。ペンションとしてはちょっと珍しい外観のように思うのだが、パッと見「おしゃれな大型2階建てアパート」なのである。
区分は、2階部分がご自宅&カフェレストラン、1階が数戸の宿泊部屋となっており、「アパート風」に見える最たる所以は、宿泊部屋それぞれに「大開口の掃き出し窓」と「しっかりとした玄関ドア」が付帯しているところ。
殊に、独立した玄関から部屋へダイレクトインするスタイルは、「部屋というより物件」「宿泊というより入居」ムードたっぷり!
加えて、室内には独立タイプのバス・トイレ、TVや冷蔵庫、キッチンに洗濯機までもが完備されているので、まさに今から新生活が始まりそうな勢いである。
今回の私には、この日常的な空間がたまらなく愛おしく思えた。
そう、とんでもない現実に疲れ果て、心がカッサカサでガッサガサな者には、こういった自由で肩ひじ張らない環境が心休まる。今の気分にぴったりなのである。
……ガラリと開けた掃き出し窓からは、ふわりと温かな風。
手前にはちょっとした芝生の庭があり、塀と木々の向こう遠くには、美しい午後の海が見える。
「ああ…落ち着く。嬉しいなぁ……。こういった場所が存在していること自体がありがたい……」
見知らぬ土地でありながら、地に足が着いたような安心感を与えてくれる、こちらのお宿。ご夫婦も優しい大家さんのように思えて来たのだった。
そんな思いで迎えた初日の夕方。
2階のカフェレストランでお食事をいただいていると、キッチンでひとり仕込みをされていたご主人が何気なくおっしゃった。
「あ、日の出がすごくきれいだから、もし良かったら見てみてください。お部屋から見えますからね」
「そうですか!なら、ちょっと頑張ってみようかな……」
私はそう返事をしたものの、実は大変失礼ながら半分ほど聞き流してしまっていた。
理由は、ご主人のお言葉のトーンが、あまりにもさり気なくて奥ゆかしかったというのもあるが、何より私は甚だしい低血圧。健康診断の血圧測定係の方にも「今、体調大丈夫ですか!?」と毎回心配されるほどであり、早起きは体調を崩しかねない一か八かの行為なので、『旅先では迷惑をかけるかもしれないし、ちょっと無理かな』と咄嗟に諦めてしまったのだ。
だがしかし。部屋に戻ると、妙に日の出が気になり出した。
「そうか、ここは東向きなんだな……」
そうつぶやきながら、あらためて吐き出し窓から眺めたテラスには、この部屋専用の屋外テーブルセットが佇んでいる。
「ああ、ここに座って外で迎えるのもステキかも?12月でも日中は半袖でいけたのだ。早朝だとて、寒さに打ち震えることはないだろう」
「……そうだよ!こんなに恵まれた条件、またとないじゃん!こりゃ、見るしかないよ!」
と、急にやる気満々になった私は、張り切りすぎて翌朝4時に起床。(ちなみに、その日の出時間は6時過ぎ位だったと……)。その後二度寝することなく、体調が安定するのを待ってから、ガーデンチェアに腰かけてみた。
「は~~~」
わずかに湿り気を帯びた、ゆるりとした風がとても心地よい。
カーディガンを羽織っても少し肌寒いが、やはり外で見ることが出来そうだ。
空は、まだ色もなく真っ暗。けれど日の出の瞬間を絶対に逃したくなかった私は、そのままスタンバることにした。
しばしぼんやり風に吹かれる……。
ふと気がつくと、薄雲の合間から美しい紫色が透け始めていた。
徐々に広がる紫。
それらはやがて、粒子となってフワフワと浮遊しているかのように、辺りの空気をもみっちり濃密に染め上げた。
……神秘的なひとときに心が静まる。
そこへまもなく茜色が現れた。
幽玄な紫はどんどん溶かされ、この世は現実味を帯びてゆく。
……夜明けはもう間もなくのようだ。
私は何となく緊張して待ったが、空も海も……いや、自然界のあらゆるものも、静かに集中しているように思えた。
一心一体となった私たち。ついにその時を迎えた。
むっくり頭を覗かせる、唯一無二のまばゆい発光体。
徐々に広がる神々しい光。
次々と照らされてゆく、新しいエネルギーを待ちわびた彼ら。……音もなくキラキラと輝く。
その光景に、思わず息を呑み、畏まる私……。そこにも光は真っすぐ届き、しぼみ切った瞳と胸を黄金色でキラキラと満たしていった。
それは、筆舌に尽くしがたい感動の日の出。
私たちはあふれるほどに大歓喜した。
「そうか、自然はこうして日々歓喜しているのだ。こんなに朝日を尊く思えたのは初めてだ……」
-----------------------------------------------------------
その後、余韻をかみしめつつ朝食タイムを待ち、前のめりでカフェレストランへ。
だが、ご主人の姿が無い。
『今のこの熱量で、報告とお礼をお伝えしたかったのになー。残念!』
ガッカリしながら席に着くと、代わりに奥さまが朝日のことを早々に聞いて来られた。
『……あれ?どうして奥さまが朝日のことを?』
一瞬疑問に思いながらも、ここぞとばかりに大興奮してご報告した。
すると奥様は、
「良かった~!!お父さん、朝食を作りながら『イナダさん、朝日見たかな~』ってずっと心配してたのよ~!」
と安堵の笑みを浮かべられた。
私はものすごく驚いた。
『ええーっ!そこまでの熱い想いがあったのー!あんなにもさりげなくて、控えめな口調だったのにー!?』
……ん?ってことはだよ。ご主人は、ご自身の心の熱量を、強引に押し付けなかったということ。私の選択の自由を尊重して下さったのだ。
なんと慎ましやかで、素敵なお人柄なのか!!……思わず胸がキュンとなる。
『朝日を見て本当に良かった……!』心の底からそう思った。
あの神聖なひと時は、ご主人の想いとともに一生記憶に残るだろう。
私は、朝日にキラキラと輝く朝食を見つめながら、ご主人に感謝と尊敬の念を送った。
そして、失礼ながらも『ご主人、かわいいな……』と心でクスリと微笑み、ほっこり気分でいただいたのであった。
ここまでご覧くださいまして誠にありがとうございます😌
余談もあるのですが、長くなるため次回更新します。
良かったらそちらもご覧ください (/ω\)