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【SNSは】人間には◯◯◯だったのかも?

今日はちょっとした時事ネタを絡めてお書きしますね。
オーストラリアで、16歳未満のSNS利用を禁止する法律が可決されたそうです。
猶予期間は1年で、それ以降は当該年齢未満の人は一切のSNSを利用できなくなるとのこと。

現地では、この決定に賛否両論上がっており、どちらかというと「否」の声の方が多いようです。
ただ、オーストラリア以外でもいま、他の国でも未成年のSNS利用の規制が進んでいるようですね。

この件について僕が思うこと。
僕は16歳未満の子どもがいるわけでもないので、見当違いのことを言ってしまうかもしれませんが、あえて述べさせていただくと、僕はそもそも……






「人間には『SNS』は“早すぎた”のかもしれない」

と思います。

より正確に表現すると、

「そもそも手に負えないものだったのかもしれない」

ということです。

SNSって、YouTubeでも、Xでも、すごく極端な物言いが受け入れられやすいじゃないですか。
そして、僕も含めてなのですが、ほとんどの人が情報の正誤判定を上手くできないから、間違える可能性もある。

聞いた話によると、人が0か100か、偏った言説に左右されやすいのは何もSNSが出てきてからではなく、古来からだそうです。
尚且つ現代は、たとえそれが間違った情報を使った利益誘導だったとしても、SNS上でひとたびそれが認知されてしまうと、その人間本来の極端な言説に引きつけられやすい性質から、よろしくない世論が形成されてしまうことがある。

ここ最近、起きた出来事だけ見ても、そのように感じることがあります。

特に未成年は精神的にも成長途上で、環境的にも常に周りと比較されているから、SNSまであるとより一層、扇動に嵌まりやすいのはあると思います。

ただ、あくまで僕の意見ですが、だからと言って一概にSNSを規制したり、利用を禁止したりすればよいとは思わないし、それをしたからといって、青少年の精神的不調が根本から解決するとも思えないんですよね。

だって、極端な言説であれ、比較であれ、それらに左右されてしまうのが人間本来の気質なのだとしたら、SNSの禁止は手段にしかならない気がするんです。
すべての国でSNSを禁止しても、また別のものが出てくる。

そしてまた、SNSに生まれた頃から触れている世代の方が、それ以前の世代よりむしろ、情報の取捨選択が上手い可能性もあるわけですし。

ただ、こうやって世界中を惑わしてしまうくらいなら、SNSというのはそもそも現生人類の容量を超えるものだったとも考えられます。
人間の相対比較本能などを悪い意味で刺激するのを助長するくらいなら、発明すべきものではなかったのかな、とふと思うことがあります。

ただ、僕個人は、このnoteがあって、すごく助かっているし、ここでの投稿を始めてから確実に毎日が楽しくなっていると言えます。

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田中雅(みやび)
読んで頂き誠に有り難う御座います! 虐げられ、孤独に苦しむ皆様が少しでも救われればと思い、物語にその想いを込めております。よければ皆様の媒体でご紹介ください。