ドラマシナリオ「Tokyo Story」(♯1) 全3回予定
◯悠希のマンション・部屋(夕)
殺風景なワンルーム。
デスクに腰掛け、マイク付きヘッドセットをつけて
ラップトップに向かっている風間悠希(36)。
悠希「わかりました。では、台本は一週間前後でお送りしますので」
ラップトップの画面にはウェブ会議の光景が映っている。
クライアント「ウチの新商品が売れるかどうかは、今回の
ウェブCMにかかっています。良い台本を期待していますよ」
悠希「はい。なるたけ……がんばります」
消極的な返答に、笑いが起こる。
プロデューサー「では、これで打ち合わせの方は終了します」
悠希「はい、お疲れ様でした」
悠希、『退室』ボタンをクリックする。
開かれていたウェブ会議の画面が真っ暗になり、
悠希の顔がぼんやりと写り込む。
悠希「(黒画面に映る浮かない表情の自分の顔を見て、ため息をつく)」
悠希、机の傍に置かれていた遠藤周作の『海と毒薬』の
文庫本を手に取り、読み始める。
◯奈緒の自宅・ダイニング(夕)
リビングから漏れるテレビの音。
伊東奈緒(35)が夕食の準備をしている。
奈緒の元に駆け寄ってくる、次女の瑠奈(10)。
瑠奈「お母さん、今日のメニューは?」
奈緒「瑠奈の大好きなコロッケだよ。お姉ちゃんと
ゲームでもして待ってて」
瑠奈「もう飽きちゃった。夏海ちゃんとか花音ちゃんと遊びたいなぁ」
奈緒「仕方ないでしょ。まだ感染者が落ち着いてないんだから」
瑠奈「私、もうマスクしたくない」
奈緒「そうねえ。お耳痛いしね」
智宏の声「おい、飯、まだかよ!?」
夫の伊東智宏(39)の強い声にビクッとしてマッシャーを
動かす手を止める奈緒。
瑠奈も途端に不安そうな顔になる。
奈緒「もうちょっとでできるから。みんな休みで家にいるから大変なのよ」
バンッ!
と、リビングで智宏が床に物を投げる音が響いてくる。
智宏の声「その言い方だとまるで昼間は家にいないで欲しいみたいに
聞こえるな」
奈緒「そんなつもりじゃないよ。ごめん」
智宏「休日でも、こちとら工事のことでいろいろ考えなきゃ
いけないことがあんだよ」
奈緒「……(悔しそうに、マッシャーでポテトを潰す勢いを強くする)」
◯同・ダイニング(夜)
灯りの消えたダイニング内。
食卓には家族が平げた、食べかすの残る皿が並んでいる。
奈緒が入ってきて、皿を重ねていく。
◯同・寝室(深夜)
ダブルベッドがあり、奈緒の隣には、
いびきを掻いて眠っている智宏。
奈緒は、遠藤周作の『海と毒薬』の文庫本を読んでいる。
× × ×
(フラッシュ)
教会でお祈りを捧げる幼少期の奈緒。
聖歌合唱に合わせて口を動かしている。
× × ×
奈緒、スマホを操作している。
画面にはインスタグラムが写っている。
「#海と毒薬」と入れて検索すると、
奈緒「……?」
『風間悠希』というアカウントが投稿した、
当該本の表紙の写真と感想文が映る。
悠希N「遠藤周作といえば、子供の頃、自分の知らないうちに
クリスチャンとなりましたが、日本で育ったことによって、
生涯を通じてキリスト教的精神と日本的精神との考え方の違いに
関して悩み続けたことで有名ですね……」
奈緒、悠希の投稿に『いいね!』をつける。
◯悠希のマンション・部屋(深夜)
デスクで、ラップトップに向かい台本作成をしている悠希。
悠希「(書いた台詞を声に出し)ECサイトを運営の皆様、
オンラインショップ向け物流サービス、SHOPTECHを
お試しください」
首をひねって、書き直し始める。
悠希「SHOPTECHをご導入ください……SHOPTECHを
ご存知ですか?」
どれもしっくりとこず、手を止め、傍に置いたスマホを取り上げ、
インスタグラムを立ち上げる。
ハートアイコンをタップすると、『海と毒薬』の投稿に
たくさんの『いいね!』がついている。
悠希「……(画面を縦にスワイプ)」
悠希、一人の女性の顔が映ったアイコンに目が留まる。
そのアカウントにアクセスしてみると、『nao』という名前で、
鍵のかかったアカウントが表示される。
naoの顔写真は奈緒の写真である。
悠希「……(画面をタップする)」
naoのアカウントのメッセージ欄が出てくる。
画面にメッセージが打ち込まれていく。
悠希N「『いいね!』をしていただきありがとうございます!」
悠希の指、『送信』ボタンの上を行ったり来たりと迷いながら、
最終的に強く『送信』ボタンをタップする。
◯奈緒の自宅・寝室(深夜)
うとうとしていた奈緒。
枕元のスマホがバイブレーションする。
その振動で目を覚まし、通知を確認。
インスタグラムに『風間悠希』からメッセージが届いていた。
奈緒「……(メッセージを読んでいる)」
◯悠希のマンション・部屋(深夜)
手にスマホを持っている悠希。
スマホがバイブレーションし、『nao』からすぐ返信が
来たことに一瞬、驚きの表情。
奈緒のN「こちらこそ、メッセージありがとうございます」
悠希、すぐ返信を打ち始める。
◯奈緒の自宅・寝室(深夜)
悠希からの返信を確認する奈緒。
悠希のN「お返事いただけるなんて。遠藤周作、お好きなんですか?」
◯お互いの部屋
以降、画面はメッセージのやりとりに合わせて、
適宜双方のいる場所を切り替えて進行する。
奈緒のN「たまたま同じ本を読んでいて、感想を書いている人の
投稿を見ていました。私もクリスチャンなので」
× × ×
悠希のN「そうなんですね。だからか〜。僕はクリスチャンでは
ないですが、放送作家をやっているので、本をよく読んでいます。
遠藤周作は特にお気に入りで」
× × ×
奈緒のN「作家さん? すごいですね! 私の知り合いに
そんな人いないです。テレビ番組とかを作っていらっしゃるんですか?」
◯コンビニの脇
マスクを付けている悠希、コンビニの入り口の脇に立ち、
スマホを操作している。
微笑しているので、目が細い。
悠希のN「そんな大それた職業じゃないですよ。まあ、
テレビとかウェブCMとかの台本を書いたりしています。
そういえばnaoさん……」
◯奈緒の自宅・寝室
奈緒、洗濯物を畳んでいる。
床に置いていたスマホがバイブレーションし、奈緒は作業を止める。
悠希のN「よければ相互フォローになっていただいてもよろしいですか?」
奈緒「……(神妙な表情)」
智宏「おい!」
ビクッとする奈緒。
智宏「パンツ破けてんじゃん」
奈緒「……元からじゃない?」
智宏「いや、お前の洗濯機の設定の仕方がおかしいんじゃねーか?
あーあ、このボクサーパンツ、気に入ってたのに」
智宏、吐き捨てるように言って出て行く。
奈緒「……」
◯悠希のマンション・部屋(夜)
ラップトップに向かっている悠希。
画面にはビールを手にした友人の麻生達哉(36)と
田中健太(36)が映っていて、オンライン飲み会中。
健太は2歳ぐらいの女児を抱いている。
悠希「そうかあ、達哉もあと一月後には父親か〜」
達哉「あんまし実感はねえけどな」
健太「(あやしながら)そんなもんは生まれてきてから出てくるもんだ。
(娘に)ねえ〜?」
達哉「悠希、お前はどうなんだよ。結婚の予定とか、ないのか?」
悠希「え? 俺はその……まだ早いというか」
達哉「早いって、お前、もう36だぞ。俺らの周りでこの歳で独身なの、
もうお前くらいだぜ」
悠希「いや、俺はまだ、今の仕事で食べられるようになってから
数年しか経ってないし、生活もまだまだ安定してないから……」
達哉「ンなことばっか言ってたら、一生ひとりぼっちだぞ」
健太「俺も、結婚した当時、全然金なかったけど、
この通りなんとかなっている。意外としちゃえば
なんとかなるんじゃないか?」
達哉「今、カノジョはいんのかよ? お前」
そのとき、デスクに置いてあった悠希のスマホがバイブレーション。
手に取ると、画面にはインスタグラムの新着通知が表示されている。
悠希「うーん……」
と言いつつ、スマホを操作する悠希。
達哉「いないのか? お前が最後に女いたのって、だいぶ昔のことだよな」
スマホの画面には、奈緒から届いた新着メッセージが映っている。
文面には、
奈緒のN「はい、全然いいですよ!」
と書いてある。
フォロワー欄に『nao』が追加されている。
達哉「おい」
悠希「いや……このご時世では新しい出逢いなんてなかなか難しいだろ」
達哉「それもそうだな……」
悠希、『nao』のアカウントトップ画面の『フォローする』を
タップし、フォロー申請を送る。
× × ×
飲み会が終わり、スマホを食い入るように見ている悠希。
スマホの画面には、『nao』が投稿した写真が並んでいる。
小学生くらいの女児がバースデーケーキの前で
ピースしている写真をタップ。
奈緒のN「今日は長女の誕生日。12歳おめでとう!」
写真を横にスワイプすると奈緒と長女・紗里奈(12)の
ツーショットが出てくる。
悠希「(残念そう)……」
悠希、メッセージ画面に移る。
悠希のN「フォローありがとうございます。ご結婚されてるんですね。
しかも、娘さんは12歳なんですか? 僕は36歳なんですけど、
僕よりずっと若そうなのに、びっくりしました」
すぐさま返事が返ってくる。
奈緒のN「はい。二人、女の子の子どもがいます。
私の年齢は悠希さんとおなじくらいですね。
悠希さんの一個下です」
◯奈緒の自宅・リビング
瑠奈、ソファに腰掛けてテレビゲームをしている。
その横で奈緒は掃除機をかけている。
瑠奈「ママもやろうよ!」
奈緒「ママはお掃除中なんだよ〜」
衣服に入れていた奈緒のスマホがバイブレーションする。
◯同・廊下
奈緒、電話に出る。
奈緒「もしもし」
紗英の声「あ、奈緒〜。元気してる?」
奈緒「どうしたの、紗英?」
紗英の声「実はさ、もし奈緒が暇なら、頼みたいことがあって……」
◯悠希のマンション・部屋
悠希、遠藤周作の『沈黙』を読んでいる。
ふとページから目を離すと、奈緒への返信が頭に浮かんでくる。
悠希のN「その年でそんな大きな子のお母さんとして
ガンバッている人なんて。すごいですね。尊敬します」
悠希、読書に戻るが、その矢先、スマホがバイブレーションする。
悠希「……?」
奈緒から返信が届いていた。
奈緒のN「ありがとうございます。そんなに言っていただけるなんて。
あの、今度、私の住んでる松戸で友だちがフルーツサンドのお店を
出すんですけど、私もそのお店、バイトとして手伝うことに
なったんです。もし良ければ、来ていただけますか?」
悠希「……」
◯フルーツサンド店の前の通り
小さな通りに面した、小さなフルーツサンド店。
軒先には開店祝いの花が飾られている。
通りでマスクを着けている奈緒が、道行く人にチラシを配っている。
奈緒「ありがとうございます。よろしくお願いします」
奈緒が通りの遠くの方に目を向けると、
一人の男が近づいてくるのがわかる。
奈緒「(悠希であることを認識し)あ!」
手を振る奈緒、悠希も呼応して手を振りながら近寄ってくる。
悠希「(マスクをずらし)やあ」
奈緒「(悠希の顔に若干目を輝かせ)こんにちは。『nao』です。
迷いませんでした?」
悠希、再びマスクで口元を覆い、
悠希「ううん、わかりやすかった。開店、おめでとうございます」
奈緒「ありがとうございます。自分の店じゃないですけどね。
そういえば……」
奈緒、徐にお店の名刺を取り出して悠希に渡す。
悠希「はい」
奈緒「あ、じゃあ僕も」
悠希も自分の名刺を渡す。
悠希「(受け取った名刺をしまいながら)何がオススメなんですか?」
奈緒「いろいろありますよっ!」
◯フルーツサンド店・店内
イートインスペースで楽しそうに話す悠希と奈緒
(マスクは外している)。
テーブルの上には美味しそうなフルーツサンドが乗っている。
奈緒「洗礼は、小さい頃に受けているんです。でも私自身は
覚えていないし、キリスト教のことも深くは分かってなくて」
悠希「へえ。じゃあなんで遠藤周作に手を出したんですか?」
奈緒「なんとなく、懐かしくなったんです。親が今でも厳格な
キリスト教徒だから、子どもの頃は日曜は礼拝に通ってて」
悠希「そっか。じゃあ『沈黙』とかはまだ読んでないんだ?」
奈緒「それも遠藤周作の作品なんですか?」
悠希「うん、『海と毒薬』よりも宗教色が強いから、
クリスチャンならきっと思うところがあるんじゃないかな」
奈緒「ぜひ読んでみます。今度、感想を話させてください」
悠希「うん」
微笑み合う二人。
<続く>