図書館では、けっしてこだわりを失わないように
京都には、「七条」という場所がある。
以前に読んだ記事か本かで、京都市営バスがこれを「ななじょう」とアナウンスすることについて怒っている文面を目にした。たしかに僕も、じっさいにバスのなかで聞いたことがあるのだが、京都市バスの運転手さんは「ななじょう」という。
HPでもすべて「ななじょう」で統一されている。
でも、本来は「しちじょう」だろう。さらにいえば、京都では「し」のあとに「ち」と発音することはないらしいので、「ひちじょう」が正しいことになる。
観光客が多いエリアでもあるため、「しちじょう」を「四条」や「一条」と聞き間違えないようにするためだという。ところが、著者のかたは、そんな都合のために地名の読み方を変えるなんてとんでもない越権行為だ、と息巻いていた。正しくないアナウンスを聞きたくないから、「七条」をとおるバスには乗らないようにしているらしい。
著者の本当のところは知らないし、僕はここまで感情的ではないにしろ、この著者が言わんとする「こだわり」についてはかるく理解ができてしまう。
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仕事で、図書館HPや館内掲示物などのチェックをしている。
4月からの新年度にむけて変更のあるもの、ボロボロになっている掲示物などを貼り替えたりする。僕は、HPの一部と、これから入る新人さんにむけたマニュアルをまかされた。
この図書館で働くようになってもう2か月半が過ぎた。すでにおおかたのことは頭のなかに入っている。さぁ見落とすまい、と意気込んでチェックをしていると、内容もさることながら文の段落や、絵・写真の色合いや配置箇所など「内容以前のこと」がやたらと目につく。当然、すごく気になるのでそのまま赤入れをして、「ちょっと細かすぎるかもしれませんが」と前置きをしたうえでリーダーに提出した。
リーダーの返事はこうだった。
「あぁ、ありがとう。でもそこまで細かく見てくれなくていいよ。(わからないところがあれば)電話がくるし、マニュアルも渡すだけじゃなくて口でもちゃんと説明するからさ」
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べつに指摘したことが無駄になったからではない。僕のかんがえが軽視されたような気がしたからでもない。あからさまなミスではないにしろ、不自然なことをそのままにしておけるその神経が僕にはまったく理解ができなかった。
気持ちがわるい文章を読んでいると食事がのどをとおらない、とまでは言わないが。すくなくとも今日食べたハンバーグ弁当はあまり美味しく感じなかった。
だからといって、勝手に図書館HPを変更することはできない(そもそも変え方を知りません)。勝手に僕のことばで直したマニュアルを、数か月前の僕のような新人さんに手渡すことだってできやしない。
さらにいえば、図書館の仕事というのは、本を書くわけでもないし、売って利益を出すわけでもない。「利用者がもとめる資料や情報をただ提供すること」に本質がある。そこで働く人だってもちろん意思や目的をもってうごきはするけど、どこまでいっても「受け身」の仕事なんだなと気がついた。
であったとしても、「小さなことにこだわりをもち、それを絶対に曲げないこと」。これからも図書館で働きつづけるなら、この心がけが大切なんじゃないかとおもう。
一方で。「発信する」を軸とした図書館だってあってもいいよな、と。
「この本読んでー」
「この本も人気だよー」
これは、図書館の越権行為にあたるのだろうか。
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