ヨーロッパのアート・ロックとその美学/価値観
今回、ご紹介するのは、70年代のヨーロッパのアート・ロックです。
1977年は、ロックの歴史において非常に重要な二枚のアルバムが発表されました。
その一枚は、パンク・ロック・ムーヴメントを巻き起こしたセックス・ピストルズの『ネヴァー・マインド・ザ・ボロックス』、そして、もう一枚は、アート・ロックの一つの到達点となったデヴィッド・ボウイの『ロウ』です。
両作品は、現代アートと密接に関わるアルバムであり、特にボウイの同作は、ヨーロッパの美学/価値観を反映したロック・ミュージックである一方、同ジャンルから逸脱した革新的なサウンドを提示する事となりました。
その契機となったのは、70年代初頭における西ドイツのプログレッシヴなバンド群であり、これまでアメリカとイギリスの相互作用によって主に発展を遂げたロック・ミュージックに対し、独自のサウンドを追究する彼らのアティチュードは、ボウイの創作活動に影響を及ぼしました。
また、同時期、フランスやイタリアのアーティスティックなシンガー達が同国における大衆音楽であるシャンソンやカンツォーネとは異なるモダンな作品によって新たなフォルムを創造しました。
東西冷戦という緊迫した国際情勢下で進展を遂げたヨーロッパのアート・ロックは、その批評性によって同時代のみならず、既存のロックをも相対化し、ロック史において特殊な1ページを刻む事となったのです。
『Low』/David Bowie(1977)
作品評価★★★★☆(4.5stars)
目まぐるしい変容を遂げてきたペルソナとの決別を図ったトリック・スターは、ショー・ビジネスの世界で疲弊した肉体と精神をベルリンのアンダーグラウンドな文化によって解毒し、新たな境地へ到達した。
ハンザ・スタジオで制作されたボウイにとって11枚目となる今作は、ブライアン・イーノが共同製作者として参加し、東西に分断された都市に近未来をみた異邦人は、プロデューサー/トニー・ヴィスコンティとバック・バンド/DAMトリオによるエクスペリメンタルなサウンドを浮沈/遊泳しつつ、ヨーロッパの黄昏を描出した。
所謂「ベルリン三部作」を完成させたボウイは、演劇/映画プロジェクトに携わりつつ、音楽活動においては、道化師に扮して過去のペルソナとの決別を図り、そして、MTVという新たなメディアの到来を機に、プロデューサー/演奏プレイヤーを一新させ、聴衆の歓声と批評家の冷評を浴びるポップ・アイコンへと変革を遂げた。
『Autobahn』/Kraftweak(1974)
作品評価★★★★(4stars)
現代音楽の手法とミニマリズムの美学によって、既存のポップ/ロック・ミュージックからの逸脱を実践するジャーマン/クラウト・ロックの一派/クラフトワークは、異端のスタイルの発展と共に、その旗幟をより鮮明にし、米英の大衆音楽へ反旗を翻した。
クラフトワークの最初の代表作となった今作は、ラルフ・ヒュッターとフローリアン・シュナイダーが設立したクリング・クラングで制作され、「インダストリアル・フォーク・ミュージック」を標榜する彼らは、即興演奏/音響加工/ヴォコーダー/ミニモーグを駆使し、ドイツ国家の象徴の一つ/アウトバーンをエレクトロニクスの小宇宙によって具象化した。
70年代後半における一連の代表作によって、潜在力を発揮させたクラフトワークは、以降成立するあらゆるジャンルを予見し、そのプロトタイプやテーマを構築し、そして、「マン・マシーン」と化した彼らは、テクノロジーの進化と連結/連動し、マルチメディアとして駆動してみせた。
『Histoire de Melody Nelson』/Serge Gainsbourg(1971)
作品評価★★★★(4stars)
パリ出身のロシア系ユダヤ人の歌手/俳優であるリュシアン・ギンズブルクは、キャバレー演奏家の父親や異端文学者のボリス・ヴィアンの影響を汲むその実存主義的な文体/スタイルによって、シャンソン/フレンチ・ポップにモダニズムを吹き込んだ。
セルジュ・ゲンズブールの今作は、プロデューサー/アレンジャーにジャン・クロード・ヴァニエを迎え、主にロンドンにて制作され、大胆且つ不遜な同作家は、プログレッシヴ・ロックやニュー・ソウルへの好奇心を示しつつ、我々が倫理的な戸惑いを覚えるドラマを書き上げ、その主演/ナレーションを務めた。
同時期、映画監督さえも務めたゲンズブールは、自身のミューズである女優/ジェーン・バーキンとの自堕落な戯れによってレノン/ヨーコとは異なるカップルアイコンを、そして、カリブ海音楽など異ジャンルとの猥らな交雑によってリードやボウイとも異なるアート・ロック像を形成したのである。
『La buona novella』/Fabrizio De André(1970)
作品評価★★★★☆(4.5stars)
イタリア北部の港町/ジェノヴァ出身のSSW/カンタウトーレである青年は、ブルジョア家庭に出自を持つ一方で無政府主義を標榜する複雑な人格/思想を形成しており、政府から監視されつつも、社会的なテーマを扱うフォーク・シンガーとして若者の支持を得る事となった。
ファブリツィオ・デ・アンドレが発表した四枚目の作品は、宗教/福音書をモチーフに制作され、東西冷戦下における地中海の吟遊詩人は、ジャンピエロ・レヴェルベリによる荘厳なオーケストラとマウロ・パガーニらによる叙情的なプログレ・サウンドによって演出された実存と革命に関する観念劇を朗唱した。
伝承曲や大衆/世俗歌曲の流れを汲むプロテスト・フォークをアート・ロックへと昇華したデ・アンドレは、PFMの活動を経た盟友/パガーニの助力を得て、民族音楽の要素を取り入れ、欧州の歴史性/多様性を示す重要作を著し、その作家性は、北米のディランやコーエンと並んで現代文学の水準へと達したのである。
最後に、今日ご紹介したアルバムの中から筆者が印象的だった楽曲を♪
次回はパンク・ロックを予定しており、ひとまず(ようやく?)、現在執筆している特集の折り返し地点となります。
来年度は、より更新出来るよう務めてまいります!
それでは、よいお年を♪