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ナンをこねた日
今日のお昼。作り置きしたカレーが冷蔵庫にあるけれど、カレーうどんにしようか、普通にご飯を炊こうか悩んでいた。
「あ、そうだ。ナンがある」
我が家には謎にこのナンのストックが常備されている。
たしか新しもの好きの夫が「ナン作りたい!」と買ったもの。
一度つくってみると、手でこねて焼いた熱々のナンは、夫の想像の何倍も、ナンそのものだったらしく。「おいしい、おいしいね!」とハマってしまった。次に買うときには「2個買うね!」と目を輝かせていたのに、ナンの粉を残したまま単身赴任で県外に行ってしまった。
夫の「2個買うね!」のおかげでもう1袋ある。なんなんだ。
期限をみるとギリギリ。
……ん?
「あ!おばあちゃんの命日、昨日だった!」
小さく「忘れててごめんなさい」と謝りながら、あわてて手をあわせる。
そしてナンをこねがら、物思いにふける。
*
おばあちゃんは編み物がとっても上手だった。
「なんでも編んであげるよ」
当時5歳のわたしに優しく言ってくれた。
母は隣でそのやりとりをみていて、
「マフラーか帽子でも編んであげたいとおもっているのかしら」
と思っていたそうだ。
5歳のわたしがいそいそと、部屋の奥から保育園で使っているスケッチブックを持ってきたので、母はイヤな予感がしたらしい。
「ねぇ、ばあちゃん。これ編んで」
母の予感は見事的中。
保育園でおえかきをしていて、先生に大絶賛された渾身の絵。
ヒゲをたくわえて、ターバン巻き巻きで、あぐらをかいて、蛇使いの笛をふいているインド人。
タイトルは「インド人もびっくり」
おばあちゃんの顔色がなくなったのを、母は目の当たりにして固まったらしい。
*
その後、おばあちゃんは編んでくれた。
「わーい!」と無邪気におばあちゃんの手から受け取ると、
蛍光のショッキングピンクの毛糸で全体は編みこまれ、ギョロリとした目玉があって、大きな口の周りに緑色のヒゲが生えて、頭に触角がある、異星人の顔みたいな帽子だった。触角の先にはオレンジのビーズがたくさんついていて可愛さよりも、凶器に近かった。
(#どうかしているとしか)
おばあちゃんは笑って
「ほら、インド人もびっくりだよ」
そう言ってくれても笑えなかった。
わたしの思っていたのと違うことよりも、このピンク色で緑のヒゲの生えた帽子を被らなければならないのかと思ったら、つい口から、
「えっ?」
とこぼれてしまった。
母はこの時も隣りにいたので、あわてて
「おばあちゃんに、ありがとうっていいなさい」
そう母にうながされて言われるがままに口をひらくと
「ありがとう……ご…ざ…います」
と言いながら泣き出してしまった。
渾身の力作を前に泣きじゃくってしまったので、
おばあちゃんもいたたまれず、
「子憎たらしい子め!」と怒ったのは言うまでもない。
大人になった今ならわかる。
帽子を被って、わーいとはしゃげば、めでたし、めでたしだったものを、なぜ、泣いたのだろうと思う。「おばあちゃんの発想はすごいね!」と言えたら良かった。
駄菓子菓子、手の中にある帽子が、なぜかピンクの化け物にしか見えなかった。
ナンをこねながら、なんのはなしですかの投稿を膨らませるつもりだった。夫の置いていった期限ギリギリのナンのせいで、おばあちゃんの渾身の一撃を思いだした。なんでもいい。これはこれでいいのか。
世の中うまく出来ている。
(#なんのはなしですか)
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