フィクションにチャレンジ!フネ52歳、初めての第一次モテまくり期
磯野家の周りは最近、50代くらいの男性が集まって、
部屋の中をうかがっている。見ると、60代、70代、80代らしき男性もいる。
「おう、そっちから見えるか?」
「いや何も。でも、もうすぐ9時32分29秒! フネさんが、洗濯物を干す時間だ!」
時間になり、フネが洗濯物を持って、庭に出てくる。
「おおーー!!!」
「フネさん、なんて清らかな……」
「磯野家に咲いた、一輪のヒナギクのようだ……」
フネに何が起きたのか?
フネは、塀の外の大騒ぎを、チラとも見ない。とうとう昨晩、波平に相談したのだった。
フネ 「最近、わたしのファンっていうのができてるみたいなの。日に日に、人数が増えて……。なんか、こわいわ」
波平 「なぜ突然? まーた、カツオの仕業じゃないだろうな?」
フネ 「おとうさん、いつもカツオのせいにばかりして。これ以上濡れ衣着せたら、さすがのカツオも、グレますよ?」
波平 「う、うん。カツオのせいじゃないだろう。とにかく、無視だ。いないものだと思って、生活すればいい。あ~ふ、もう寝るぞー」
フネ 「もう、おとうさんったら。また人ごとみたいなことを言って、ろくに聞いていないわ。わたし、本気で困っているのに……」
気づけば規律ができていた
フネのファンは、日に日に増えていった。
すでに20代、30代、40代のファンもいる。磯野家の塀は黒山の人だかりだ。
20代 「フネさーん、今日も愛らしいっすー!」
突然、声をかけた若者がいた。フネはびっくり。困惑の顔。
古参のファンが20代を取り押さえた。
50代 「おい、小僧! オレたちは静かに、フネさんを見守るだけでいいんだよ。声をかけるなんて、もってのほかだ。フネさんは、みんなのフネさんなんだからな!」
20代 「は、はい……。洗濯物を干す清楚な姿を見たら、気持ちがグーッと上がってしまいまして」
50代 「そこをグっと押さえて、遠くから黙って愛でる。これがフネさんファンたちの男気、矜持ってやつよ。そういうワビサビ、わかってるかあ?」
20代「声をかけられない切なさ、これもフネさんの魅力ですね!」
50代「わかってるじゃねーか。小僧! とっておきの隠し撮り生写真、売ってやろうか?」
70代 「エッヘン。そういう金儲けは禁止じゃ。フネさん握手会とかあれば、まっさきに行くんじゃがのう」
フネファンたちの熱き思い!
30代「そんなことでお金稼ぐようになったら、もう僕が好きなフネさんじゃない……」
40代「わかるよ……。そんなオプションがあったら、天にも昇る気持ちだけど、それじゃあ今の、純真可憐なフネさんじゃない。僕は……たった一度でいい。目が合って、ほほえんでもらう。それだけで! だたそれだけでいいんだーー!!!」
80代「芝居じみたやつがいるのう。握手会だなんてありえんことだけどのう。ホントにあったら、ワシが一番じゃ。フォッフォッフォッ」
夕食の時間が近付いてきた。
30代「料理を並べるフネさん、なんて優雅な手つきだろう」
50代「まるで、天から舞い降りた、ビーナスのように神々しい……」
通りがかりの50代 「確かに、まさに女神ですねえ。オプションがあったら、皆さんうれしいんでしょう?」
フネを女神と言う通りがかりの50代
50代 「当たり前だろ! フネさんとツーショット写真券なんてあったら、10万出してもいいくらいだ!」
80代「せめて、握手会をしてくれたらのう。間近でフネさんを見たいものだ……。わしは握手券に、15万出す!」
通りがかりの50代 「そうですよねー。はははー」
フネさんに迷惑をかけないように、夕食の支度をしていたところで、解散となった。
次の日。フネのファンたちが磯野家に集まると、玄関前に、へんな立て札があった。その後ろには、ピエロのような厚化粧をしたフネの姿が!
30代 「何だ―こりゃ?」
40代 「看板は、料金表みたいですね。握手が3万、ツーショット写真が5万、ハグ券が30万だとう?」
50代 「横にいる男は、昨日オプションがあるとうれしいでしょとか言っていたヤツだ!」
波平、マネージャー兼ヒモを目指す!
波平 「はーい皆さんが大好きなフネが、ツーショット写真を撮ったり、ハグしたりしたりしてくれますよ~。はい、そこ並んで並んで~」
60代「なんだあ? あいつ、波平? 妻を売って稼ごうってか?」
50代 「あんな厚化粧と、胸元が空いた服なんて着せて……。え? 波平、会社をやめたって? 妻を売るのに、専念? サイテーだなー、波平!」
80代 「我々は、波平の金儲けに加担する気も、けばけばしい化粧をしているフネさんを見て喜ぶ気もない!」
70代 「せっかくのすっぴんの美が台無しだ!」
50代「波平があんなことを始めたら、もうフネさんのファンは終わりだ。皆、いい夢を見せてもらったと感謝しつつ、潔く去ろう。そして……」
20代「そして?」
50代 「イササカ先生の奥さんにお乗り換えだ!」
40代 「おおー! 確かに、フネさんの魅力と互角に戦えるのは、あの方しかいない!」
ゾロゾロと、イササカ家に向かう、元フネファン。
波平 「えー 皆さん? フネが大サービスしますよ?」
50代 「そんなフネさん、見たくなかった。そんなことさせるお前は、クズ野郎だ! 頭の一本毛、抜いてやろうかあ?」
波平 「あ、いや、それだけは……」
みんな波平に毒づきながら、イササカ家に向かう。
波平 「ちょっと待ってくださいよー。もう少しサービス、考えますよー」
フネ 「おとうさん、だからわたしはイヤだって言ったんですよ。わたしを売って、稼ぐ? しかも会社をやめてきたですって? 離婚です! 慰謝料たっぷりもらいますよ!」
波平「え~そんな……。離婚は考え直してよ~。フネちゃーん」
フネ「フネちゃんなんて、ここ30年以上、言われたことないですよ。離婚して、ようやくやってきた第一次モテまくり期を楽しませていただきます!」
走り出しかけて、ふと止まる、フネ。
振り返ったほほが、うっすら赤い。
「わたしだって……。まだまだ女なんですよ」
ドキッとする波平、しかし、時すでに遅し。
そして、ファンの皆さんを追いかけるフネ。なんと早着替えで、1分でいつもの格好に戻った。
クレンジングシートでケバい化粧も落とし、いつものフネに。
フネ「みなさーん待ってー! いつものフネを見て~!」
フネが選んだ道とは? 後援はもちろんフジ!
3ヶ月後。
フネは、地下アイドルになった。20代から80代までのファンたちが、揃ってオタク踊りをしている。ちなみにフネの服装は、いつもの普段着のままだ。
「アイラブ、ユーラブ、みんながラブ! フネはとっても ソーハッピー♡」
勢いだけの意味不明な曲なのに、この場にいる全員が、感動している。
80代 「新しく、殻を破ったフネさんが見られるとは……」
20代 「余計な虫も、いなくなりましたからねー。歌うフネさん、
ソー スウィート! ミラクルヒミツ券、もう3枚買ってこよ!」
60代 「波平のことか。調子に乗りすぎたな。100万人に一人いるかどうかという女性をめとったというのに。バカだ……、本当にバカな男だ」
50代 「うーむ。紅白も目指せるかもしれんなあ」
地下アイドルになってから、フネファンの数は、日に日に増えている。
「そろそろ、もっと大箱でやらないと、ファンが入りきらないなあ」
と、日本武道館に問い合わせる、フジテレビ系列の事務所のマネージャー。
そして、ライブが終わった。
フネ「これから握手会をしまーす! ツーショット写真も、ありますよー」
「握手券などを売り出すフネさんは嫌だ!」とかなんとか言っていた男たちも、ステージが始まってみると、魂が抜けてしまったようだ。ふらふらとオプション売り場に行って、握手券、ツーショット権をダースで買っている。
60代 「も、もちろん、あるわけないけど、ハグ券なんてね、あるわけないけど……」
この場にいる全員が思っていた疑問を、口にした。
すると! フネが言う。
「ハグはやっぱり、恥ずかしいです。だから……『恋人つなぎで10m歩く券』にしました。ミラクルヒミツ券に、3枚だけ入っています。恋人つなぎなんて……フネ、恥ずかしいな♡」
ズギューン!
ファンたちの心はキューピットの矢どころではなく、バズーカ砲を打ち込まれてしまった! 男心を手のひらで転がす、これが本当のフネなのかもしれない。ミラクルヒミツ券は1枚5000円。入場と同時に、1500枚が完売している。
「うおー!3枚しかないのかあー!」
「ここにもない、これもない、あー袋を開けるのがもどかしい!」
そして、ようやく『恋人つなぎで10m歩く券』を手にした3人が決まった。
お互いの手のひらを合わせて、指をからめる。明治時代まで、不義密通とみなされていた、少々淫靡な手のつなぎ方だ。
「じゃ、あの線まで歩きますよ。あら、手が真赤。私のことも、見てくださいね♡」
ドカーン!
恋人つなぎをした男に、大砲が命中! もうフネのことしか考えられない。
「あのー、フネさん~♡ ぼくは、ぼくは……」
とつぶやくのが、精一杯。「微笑んでくれるだけでいい」と言っていた40代だ。頭の中は、真っ白。
80代 「いい! フネさんらしくていい! わしは当たらなかったが、ハグなんかより、いい! うらやましい! 誰かワシに50万で売ってくれ~!」
もちろん、売ろうとするような男はいない。
遅まきながらやってきた、第一次モテまくり期を、満喫するフネ。
フネと一緒に楽しく踊るファンたち。
70代 「桃源郷とは、このライブハウスのことではなかろうか……」
こうして、波平以外は、みんな幸せになったのだった。
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