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どんな時代になろうとも豊かで幸せな人生を実現する 価値組教育論


このNoteの概要

教育とは何なのか?その答えは子供達を豊かで幸せな人生に導く事です。しかし豊かさや幸せの定義は時代によって変わります。今まさに変わらないといけない時に来ています。いやもう過ぎてしまったかもしれません。学習塾を25年にわたり経営し私学の民間人校長も経験、今は海外のボーディングスクールに合格者を輩出する英会話スクールや普通科に変わる通信制高校を経営。学校の中と外。受験教育と学校教育、家庭教育を知る稀有な存在として日本の教育改革の重要性と教育や進学の選択肢の多様性をお伝えするサイトです。

経歴

学習塾経営25年


私は27年前に個別指導の学習塾に就職しました。
それから四半世紀を超えて教育業に関わっています。就職した塾を譲り受け、一時は生徒数2200名、従業員数250名を数える学習塾に成長。個人的にも毎年のべ200〜300人(25年間での約5000人以上)の生徒の進路指導をし、7000名を超える合格者を輩出してきました。


学習塾部門の研修会

親としても一人の子供を育てました。


一条校でありながら英語で小中高と授業をするイマージョンの新設校に子供を通わせる為、千葉から群馬に引っ越してPTAや地域の子供会、学童野球に関わりました。子育ては学校と家庭、そして地域社会が連携して行うものだと実感しました。

地元の少年野球チーム

小中高校生対象本格4技能英会話スクール開校


子供をインターナショナルスクール系の学校に通わせる中で日本の教育の遅れを感じ、8年前に小中高校生対象の本格4技能英会話スクールを開校しました。それまでも現在も今日本の英語教育界では、これだけGlobalな時代にも関わらず、歌って踊って楽しい”EnjoyEnglish”か、問題集を解く式の受験英語しか存在しません。英語はテストの対象ではありません。意思を伝えるなど使えて初めて意味があります。英語は覚えるものではなく、使って身に付くものです。そこで英語を学ぶのではなく、英語で探究学習をする中で英語力を高め、かつ世界の課題や解決方法など自分の意見を発表できる能力を養えるテキストやアクティビティーを開発しました。今では中学から海外のボーディングスクールへ進学する人達が集まってくる英会話スクールになり、勉強のためだけではなく、スポーツや芸術の秀でた能力を活かした留学をする子が多いのも特徴です。

ハワイ島スタディーツアーの様子

普通科に変わる学びを提供する通信制高校開校


その他一条校の選択肢の一つとしての通信制高校を経営。つまり不登校と言うよりは普通科がつまらないと言う生徒向けの学びの場です。不登校を含めすでに多くの生徒が普通科の学習に魅力を感じられず、意味を見出せなくなっています。学校へ行かないのが悪いのではなく、行きたい学校でないから悪いと考えています。別に学校なんか行かなくたって教育は受けられるし、教育は時代とともに変わる部分がなくてはなりません。その変化に日本の教育が対応できていない現実に対応した学校です。教育はもはや学校に委ねるものではない、と個人的には考えています。

通信制高校の卒業式

社長校長2刀流〜民間人校長で学校改革に乗り出す


企業経営の傍、私学の民間人校長も経験しました。日本も日本の学校も完全に行き詰まっています。長らく日本の教育は教科型偏差値教育でした。要するに教科書に書いてある事を暗記したりパターン演習してとある日時に再現性を試される受験教育です。子供たちはもはやこの訓練にうんざりしています。さらに超少子化の影響で今後顧客(児童生徒学生数)は大幅に減ります。先生の成り手不足や、学校の働き方改革など問題山積です。時代の激変期似あって、今の学校法人の経営者に本当の経営者は何人いるのか疑問です。今こそ学校は”真の経営”が必要ですが、それができる人がいません。私は教育と経営を仕事にしてきました。教育をビジネス視点で捉える学校改革のお手伝いもしています。

中学生の硬式野球チームの運営


日本のスポーツも要改革待った無しです。特にその指導法は根性論を中心に昭和のままです。無駄なしきたりや上下関係、勝利至上主義に長時間練習。指導者は神様で選手はおろか親までも上下関係が存在するチームがあります。日本のスポーツは未だ本当の意味でスポーツになっていません。選手を傷つける指導も多々見受けられます。スポーツは楽しむものであって、根性育成の道具でもなければ指導者の名誉や立身出世の道具ではありません。もちろんスポーツはその性質を利用して多くの学びを提供する事が出来ます。自チームでは選手主体、文武両道をお題目にせず、本当の意味でスポーツを通して健全に中学生を育成する場を目指して活動しています。

アメリカ女子チームと

中小企業の経営者として25年


そして最後に四半世紀に渡り中小企業を経営して来ました。この中で得た経験と知識は教育にも大きく役立っています。なぜなら今教育はやっと社会と繋がろうとしているからです。

本来教育は未来(社会や世界)に対する準備作業です。社会で必要とされる資質や能力を身に付ける場所です。しかし長らく日本の教育は点数を取ることしか教えて来ませんでした。それでも機能した時代(親の時代)は良かったですが、今はそうではありません。何点取れたのかより、何ができるかが問われます。本当に経営者は”出来る人”を求めています。
よって私は教育を受けた子供達が出て行く社会で求められるものを知っています。どういう人材であって欲しいのか、どういう人材でないと今後の社会や世界で活躍できないのかを知っています。だからこそ今の日本の教育ではその求められる能力は身に付かない事を伝えています。

また、企業は事業計画に始まり事業計画の達成で終わります。多くの人が集まる組織において、事業計画と言う目に見える目標なしには正しい行動が取れません。しかし多くの学校にはその大事な事業計画がありません。あっても機能していません。教育理念と同様お題目にすぎません。だから会議も機能していません。だから新しいものが中々生み出せません、人材育成機能も評価制度も機能していません。だから多くの先生が辞めます。だから生徒が満足しません。だから生徒が減ります。

このまま学校の事を書き続けていると、それだけで数十ページにもなってしまいますので、この辺で辞めておきます。残りはマガジンの方で個別具体的にお伝えしたいと思います。

最後に一言添えて終わりにするとすれば、大人や教育に関わる人たちは、子供の表情を見て欲しいと思います。その裏側に潜む元気さや意欲を読み取って欲しいと思います。

今日本の教育は無表情で無意思のロボットを大量生産している状態です。ロボットはプログラミングを要しますが、そのプログラムは大人がするプログラムです。だとすれば、大人が意図した様な行動しか取らないロボットばかりが生産されます。この状態は誰をも幸せにしません。その象徴が今の日本社会そのものだと私は思うのです。