【感想】映画ブルーピリオドを観て
映画を観るために、映画館に行く。
これは出不精な私にとって、なかなかのビッグイベントなので、その日は一日の予定を空けて臨む。いちいち大袈裟な人間である。
家を出て、まだまだ暑い中を歩き駅まで行く。
どきどきしながら、事前に調べておいた電車に、何度も確認してから乗る。
関東に越してからもう何年も経つのに、本当に出歩かないものだから土地勘なんて永遠に身につかない。
これが今の私の「普通」なんだよなあと噛み締めながら、気になっていた「ブルーピリオド」を観てきた。
原作は漫画とのこと。
もうある「像」をいかにして、実写にするのか。
原作が好きな人もいるし、この手の映画化されたものには賛否両論出るものだ。
ちなみに私は、自分の「初見感想」を知りたかったので、原作に触れずに観に行った。
公開されてから少し経つから、そこまで混んでないかなと思ったけど、小さいスクリーンとは言え平日の午前中なのに半分以上は埋まっていて、「ほお!」となる。
そのおかげで、左右が空いている席を選んだつもりだったが、始まる頃には両方とも埋まっていた。
左側にいる女性は、家みたいに丸まって椅子に座って映画を観るスタイルだった。
予告の途中で現れ、私の前を横切って座り、慣れた手つきでポップコーンや飲み物を自分のいいように配置し、おもむろに靴を脱ぎ始める。
私自身にはその足が当たる等の不都合がなかったので、「へえ、そんなスタイルもありなのか」と、何ら気にすることなくむしろその自由さに感心する。
ちなみに反対隣は、学生さんのカップルぽかった。
こんな具合に、本編が始まる前から人間観察を楽しむのも、家ではない場所で見る醍醐味ですよね。知らんけど。
そうこうしているうちに、ぐっと辺りが暗くなって本編が始まった。
映画やライブの、この、客電が落ちて始まる!って瞬間、本当にワクワクする。
ワクワクに任せて、書き散らかしたらとんでもない長文になったので、お時間のあるときにでもゆるくお付き合いいただけると幸いです。
では、いざ。
以降、ブルーピリオド本編を観た私の感想。
私自身もういい大人で、心持ちとしては「将来に悩む若者の青春を見る」ようなつもりで行った。
私にはもうとっくに過ぎた話。今や遠く関係のない世界。ある意味、客観視していたというか他人事というか。
それでも、さすが感受性おバカ人間、胸に響く言葉はたくさんあって、ちゃんと心が動いた。
この先もし観る機会があるなら、「誰かの物語だ」とひねくれることなく、できるだけ自分自身に置き換えて観られると、より思うことも増えるのではないかと思う。
一言、まず述べるとするなら、何を置いてもただただ、「好きなものへの努力は報われるものであってほしい」と思った。
自分の中の「好き」を突き詰めていくことと、世間一般的な「普通」に沿うということ。
これらを両立させることは、時折とても難しい。
何か一つの「好き」を追い続けることは、いつだって孤独が付きまとう。
私自身、「創作活動は孤独だ」と感じる日々を生きている。
自分がやらねば、自分が動かねば、自分が決めねば何も変わらない。
やはりそういうものだよなという事実確認と、誰であってもみんな同じだよという肯定をしてもらえたような気がして、私は勝手に救われた気になった。
別に、美術界隈だけに起こり得る問題ではない。だから、自分に置き換えて感情移入できるポイントがたくさんあったのだと思う。
少なくとも私にはかなり刺さり、要所要所で共感や同意で胸がギュッとなった。
役者さんもそれぞれみんな素晴らしく、叶うことなら原作を知る人の感想を是非聞きたいなと思った。どこかにレビューないかな、あとで探してみよう。
作中に出てくる美術作品一つひとつに、当たり前だが実際に作った人がいるのだと思うと、映画の内容も相まって心が震えた。
老若男女問わず、好きなものがある人や、追う夢がある人にはいい刺激になるのではないだろうか。
また、「普通」とは何だろうということに、躓きやすい人にも響く作品だったように思う。
どのキャラクターも魅力的だったのだけれど、個人的には「鮎川龍二」というキャラクターが非常に気になった。
いつも絶妙なタイミングで、主人公の「八虎」に刺さる言葉を寄越す。八虎が、美術部に入るきっかけをくれた人物でもある。
素直にただ応援するというよりは、ぐずぐず燻る八虎の背を「いつまでそうしてるの?」と押すような、凛とした人物だ。
この人物について、作中で詳しい説明はあまりなされない。
拾えた情報は、「ユカちゃん」と呼ばれているということ。生物学的には男性であるということ。女性的な容姿であるということ。可愛いものが好きで、綺麗になりたいと努力しているということ。
そして、親にそんな自分を理解してもらえず、苦しんでいるということ。
ただひたすら自分の「好き」に忠実にあろうと、ずっともがきつづけている、そんな存在だった。
これ以後、ユカちゃんのことを「彼」と呼ぶべきか「彼女」と呼ぶべきか、私が知り得た情報だけでは判断がつかないので、一応彼と呼ばせてもらうこととする。
彼にとって、女学生用の制服であるスカートをはくことも、メイクをすることも、可愛いものを身につけることも、「普通」。
そんな「普通」のことをしているのに、なぜ傷付かねばならないのか。
ただ自分の「好き」を追いたいだけなのに、なぜ苦しまねばならないのか。
そういう別角度からの問いかけを、投げかけてくるようなキャラクターだった。
彼自身も悩み続けているからこそ、「好き」がわかっているのにぐずぐずしている八虎を煽りながらでも応援することになる。
もちろん、八虎自身も家の経済状況から、受験を悩んでいるわけで、彼ら二人のシーンはいつだってそれぞれの悩みの影がある。
こういった影は、私が高校教師をしていたときに、身近で散々みてきたものだから、心苦しいものがあった。
そんな描かれきれていない混沌の中、彼らは相互に認め合い、バカにするようなことは一切ない。
一見奇抜に見えてしまうユカちゃんを、八虎は常に「龍二」と呼び、揶揄うでも見下すでもなく、それを彼の「普通」として受け止め、好きなものに真っ直ぐな龍二の生き様に影響を受けるのである。
途中傷ついた龍二と、それを慰める八虎が話すシーンがあるのだけれど、二人を背後から映すだけで、それゆえセリフに集中できて、非常に印象的なシーンになっていた。
その後、紆余曲折を経て龍二も八虎も、それぞれの「スタートライン」をきちんと見つける。
付かず離れず、友情はあれど甘やかすでもなく、独特な距離感でこの先も続くてあろう二人の関係に、よかったなと心底思った。
何を隠そう、そのユカちゃんこと「鮎川龍二」を演じたのが、高橋文哉さんだった。
監督によると、本人の方から「どのような体型を望むか」と聞いて、それに沿って3ヶ月ほどで八キロも体を絞ったとのことだった。
結果として、スクリーンの中には間違いなく「鮎川龍二」がいた。
骨格は当たり前に男性なのだけれど、所作等で女性的に見えるという、絶妙な「ユカちゃん」が観られた。非常に緻密に考えられ、丁寧に演じているのだろうなと感じた。
その役の持つ情報量に見合わない、最低限に詰め込まれて描かれているキャラクターの背景。なかなか難しい役だったと思う。
足りない部分は、観る側の想像力に任せることになるわけだが、そこを埋めたのは、間違いなく本人の演技力だったと思う。
ひどく繊細な役を、見事に演じきっていて凄かった。
のんびりとではあるが、高橋さんの演技を見続けている中で、俳優さんというのはすごい仕事なのだなとしみじみ感じた。
もちろん、八虎を演じた前田郷敦さんも素晴らしかったし、板垣李光人さんが演じた世田介くんも素晴らしかった。
特に、世田介くんは原作を見てきた人に、非常に評価されている印象を受けたので、すでに愛されているキャラを演じきる才能の凄さを思った。
何はともあれ。
隣に座っていたカップルが、クライマックスになる合格発表のシーンで、祈るように手を握り締めて見守ってたのもとても印象的だった。
そんなふうに、人を引き込める作品っていいね。すごい。
実はちょっとした機会をいただけて、作中に出てきた絵を直接見ることができた。
実物を目の当たりにすると、「描き手」のことをしっかり意識できる。
「好き」を追うのも、自分の中の「普通」を大切にするのも、決して映画の中だけの話ではない。
近寄ったら、その一筆一筆の力を見た気がして、とても圧倒された。
いくつになっても「情熱は、武器だ」、それはそうかもしれないと思えた。鑑賞後、何だか少しスッキリしたし、前向きにもなれた気がする。
夏の終わりに、いい作品を見ることができた!
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