「決定力を鍛える―チェス世界王者に学ぶ生き方の秘訣」について

1.前書き

Kindleを利用した読書が常態化し、少し暇ができると、Kindleを立ち上げて本を読んでいます。その中で、何度か読み返す本も何冊かあります。今回のnoteの内容はその中の一冊、ガルリ・カスパロフ氏の「決定力を鍛える―チェス世界王者に学ぶ生き方の秘訣」(タイトルが少し長いので、このnoteではこれ以降、「決定力を鍛える」と表記します)になります。
なお、他の、"何度か読み返す本"にはアーサー・C・クラーク氏の「楽園の日々―アーサー・C・クラークの回想」やスティーヴン・ホーキング博士の「ビッグ・クエスチョン―〈人類の難問〉に答えよう」などがあります。

決定力を鍛える―チェス世界王者に学ぶ生き方の秘訣 Kindle版

2.著者紹介

1963年4月11日生まれ、アゼルバイジャン・バクー出身。史上最年少の22歳でチェスの世界チャンピオンの座(第16代公式世界チャンピオン)を奪取したことに始まり、15年もの間世界チャンピオンのタイトルを保持しつづけた人物です。1996年・1997年にディープブルー(IBM製スーパーコンピュータ)と「人類の代表」として対局したことでも知られます。2005年3月にチェストーナメントから引退し、現在はロシアで民主化運動を行っている政治家でもあります。

西欧ではチェスは理知的なゲームの代表、「人間の知性の極み」と見なされており、チェス人口が多いので、カスパロフは頭の良い人物の代表として、しばしば言及される人物でもある。

Wikipediaのガルリ・カスパロフ氏の項目より
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%82%B9%E3%83%91%E3%83%AD%E3%83%95

3.この本との出会い

2014年、著者であるカスパロフ氏がドワンゴが主催した将棋電王戦FINALにおいて、振り駒を行うために来日されました。その際、(将棋の)棋士である羽生善治氏とチェスで対局を行いました(結果はカスパロフ氏の2戦2勝)。そして、その際にお二人がNHKの番組で対談を行いました。

電王戦スペシャルチェス対局

【アンコール】激突!東西の天才
将棋 名人 羽生善治 伝説のチェスチャンピオン ガルリ・カスパロフ

この対談を私は試聴し、感銘を受けた私は、その後、カスパロフ氏の著書が日本で出ていないか?と探した際に見つけた本です。
また、「決定力を鍛える」よりも新しいカスパロフ氏の著書もあります(このnoteを執筆中に見つけた著書です。こちらは購入したばかりで現在読んでいる所です)。

DEEP THINKING ディープ・シンキング 人工知能の思考を読む

4.誰に勧めたい本か?

私はこの本は意思決定をするためのプロセスに関わる内容の本だと考えています。人生において何かを「決める」ということは多かれ少なかれあると考えられる、という意味においては、「決定力を鍛える」はあらゆる人に勧められる本ですが、「決める」ことに対して大きな責任のある方には特にお勧めしたい本です(具体的に挙げると、企業の管理職を務められる方は読んで損はないと思います)。

5.内容

この本のねらいは、探検者仲間を励ますことにある。私たちはみな自分だけの地図を見て、新たなチャレンジが待ち受ける未知の領域へと出航することができる。

「決定力を鍛える」より

5-1.視野と見識の広さ

本書ではチェスに関する内容が多いですが、幅広い分野を取り扱っており、カスパロフ氏の深い分析能力とあいまって、感銘を受ける内容が多いです。

一九一五年、海軍大臣のチャーチルは内閣と連合国(仏露)にオスマン帝国の中心地ガリポリを攻めるよう説得した。ロシアへの補給路をつくり、ドイツ軍に新たな戦線を開かせるためである。
(中略)
英国軍は結局、二十万人と戦艦三隻を失って退却した。この惨敗の結果、チャーチルは海軍相の辞任を余儀なくされたが、第二次世界大戦勃発直後に呼び戻される。一九四一年、ナチスドイツがソ連に侵攻すると、チャーチルは連合国が一九一五年と同様の問題に直面していることに気づいた。ソ連の物資は第一次大戦勃発時のロシア同様に不足していたのだ。ソ連と英国が共同で行った最初の軍事行動のひとつは、一九四一年七月、イランを占領して地上の補給路とソ連との通信手段を確保することだった(北海経由のラインは危険であり、長期戦では不十分となる)。
十月、連合国はソ連への補給を、まさにチャーチルが一九一五年に思い描いたようなかたちで開始した。食糧、弾薬、その他の必需品が毎月三〇万トン補給され、一九四三年にはこれがソ連の軍備に欠かせないものとなる。ガリポリ作戦は失敗したが、その根拠となった考え方が間違っていたわけではないとチャーチルは知っていた。

「決定力を鍛える」より

私は第一次世界大戦でイギリスがガリポリの戦いで惨敗したことは知っていましたが、その話が第二次世界大戦にも繋がっていたことは知りませんでした。
それ以外にも、ビジネスに関する事例も掲載されています。事例が少し古いですが、2007年発売の書籍であることを考えると、致し方ない部分はあります。一例を挙げると、ウェブブラウザーの話が出てきますが、出てくるウェブブラウザーがFirefoxとInternet Explorerです。一方、本note公開時に圧倒的なシェアを誇るGoogle chromeや、Internet Explorerの後継であるEdgeは出てきません。

5-2.人物解説

また、カスパロフ氏の人物解説も見所です。カスパロフ氏の師匠であるミハイル・ボトヴィニク氏や、カスパロフ氏と激闘を繰り広げたアナトリー・カルポフ氏、弟子であり、2000年にカスパロフ氏を破ったウラジーミル・クラムニク氏といったカスパロフ氏にゆかりのある棋士の他、冷戦下でソビエト連邦の棋士を下し、アメリカ人初の公式世界チャンピオンとなったものの、奇行や反米的、反ユダヤ的言動により反発を買い、「幻の英雄」とも呼ばれるボビー・フィッシャー氏など、多くのチェスの著名な棋士に関する解説も掲載されてます。また、棋士以外では、先述の例示で挙げた、サー・ウィンストン・チャーチル(イギリスの首相を務めた人物で、政治家以外にも、ノーベル文学賞を受賞するなど多才な人物でもあります)についても取り上げています。

彼の餌食になった者の大半がソ連人だったが、フィッシャーのファンはソ連でも多かった。彼のチェスが素晴らしかったのは間違いない。だが私たちは彼の個性と独立心にも敬服したのである。

ボビー・フィッシャー氏について--ガルリ・カスパロフ

この英国の偉大な政治家、文筆家、戦時下の指導者についてわざわざ紹介する必要はないだろう。ここでチャーチルを取り上げる理由は、私にとって彼が特別重要な存在であること、そして彼の偉大さについて私の認識を示すためだ。英雄をもつのは子供にかぎったことではない。
(中略)
一九九〇年代前半、英語の本をよく読むようになった私は、チャーチルの力強い引用句の数々に出会った、そして彼の歴史書を楽しむようになり、それを通じて彼に深く感服するようになった。
私にとって鍵となったのは、世論に逆らい、愚にもつかぬ考えに対して率直に意見を述べるチャーチルの能力だった。
(中略)
私は人生のちょうとよい時期にチャーチルと出会った。ソ連の崩壊によって古い闘争は廃れ、私は新たな考え方を模索していた。政治家が世論調査の圧力に抵抗できない世の中に、積極的にかかわるように私を奮い立たせたのである。

サー・ウィンストン・チャーチルについて--ガルリ・カスパロフ

5-3.現在(2023年3月)に通じる内容

この本をこの時期に紹介した理由として、本noteを発表した時点でホットなトピックをいくつか含んでいるという理由からです、一つはAIについて、そして、もう一つは、ロシアのウクライナへの侵攻に関してです。
一つ目のトピックは以前書いたnoteで書いたので、このnoteでは一つのトピックに関する内容について。このnoteの最後にこの書籍のエピローグから引用していますが、カスパロフ氏がエピローグを執筆した後に、元KGB職員、アレクサンドル・リトヴィネンコが毒殺(ポロニウム210という非常に珍しい放射線物質が使われました)されるという事件が発生し、追加でさらに、「もう一つのエピローグ 民主主義への戦略」が追加されています。「もう一つのエピローグ」の日付は2006年12月となっており、この時点で既にウラジミール・プーチン大統領率いるロシアについて警鐘を鳴らしていたといえます。

本ではありませんが、TEDにおいて、この二つのトピックについてカスパロフ氏が話されています(前者の動画は以前紹介しました)。
AIに関して:知性を持つ機械を恐れるな、協働せよ

ロシアのウクライナへの侵攻に関して:ウクライナと共に悪との戦いに立ち上がれ

6.最後に

約二十年前、私は若書きの自伝をこんな言葉で締めくくった。「またひとつ問題を克服し、またひとり対戦相手を負かすたびに、私は最大の闘いはまだ訪れていないことに気づく……私の闘いに終わりはない」。いまの私は承知している。この闘いの相手はソ連のスポーツ委員会やFIDE、クレムリンだけではなく、私自身の能力と限界もそうだったのだと。私たちのエネルギーは、自分の運命の責任を負うことに、変化と違いを生み出すことに向けることができる。成功の尺度は人それぞれだ。第一の、もっとも重要なステップは、成功の秘訣は心のなかにあると気づくことである。

エピローグより。語句について注釈すると、"FIDE"とは国際チェス連盟の略称で、チェスの国際競技連盟です。

7.参考

7-1.書籍

楽園の日々 アーサー・C・クラークの回想 Kindle版

ビッグ・クエスチョン 〈人類の難問〉に答えよう Kindle版


7-2.人物

ミハイル・ボトヴィニク

アナトリー・カルポフ

ウラジーミル・クラムニク

ボビー・フィッシャー

ウィンストン・チャーチル


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