手芸店のはなし
娘の入園準備にあたり、必要なのが名前付けだ。
どんな小さな物でも名前を書かないといけない。
そういえば入園、入学、進級などで親がいろんな物にせっせと名前を書く姿はなんとなく覚えている。大変そうだなぁという印象が強かった。
わたしはめんどくさがりで、エンジンがかかれば一気にやるのだがエンジンがかかるまでが果てしなく長い。自分はそんな人間なので、名前付けは楽に、そして一気にではなくてちょっとずつやることに決めた。
まず名前を書くのではなくスタンプに。それにアイロンでくっつけるだけの布があるといろんな物に対応できる。スタンプが使えない素材はシールに。
今では量販店はもちろん、100円ショップやネットでもいろんな物が揃う。とても楽だ。
でも、手芸店に行きたい。ふとそう思った。
その昔、地元の手芸店に行く時はわたしの中で一大イベントであった。キレイなボタンがずらっと並び、大きなロール状のリボンや糸が引かれるのを待ち、かわいいキャラクター物の布地は競うようにしてこちらに柄を見せてくる。そんな空間がとても大好きだった。
特に私が好きだったのはビーズのすくい取りである。スルメを入れるボトルみたいなやつにビーズがパンパンに入っていて、それを粉末の洗濯洗剤をすくうようなさじですくうのだ。確か150円で1回出来たような気がする。いっぱいすくうぞー!と意気込んですくい、帰宅してからどんなビーズが入ってたのかじっくり観察するのが楽しかった。
でも地元の手芸店には今じゃなかなか遠くて行けなくなってしまった。
この地で手芸店はあっただろうか、と考えてすぐに思い浮かんだのが商店街にあるかわいい手芸店だ。よし、ちょっと行ってみよう。
…閉店していた。
この地の商店街は廃れており、この手芸店にも打撃があったようだ。確かに量販店で買ってしまう気持ちも分かるが、閉店に追い込まれたとなるといたたまれない。
しかし、閉じられたシャッターに張り紙が。
「3月14日10〜12時だけ開けます。全品半額です。」
ありがとう。手芸店の店主さん。この張り紙を見つけたのが3月10日。その日から3月14日が楽しみになった。
そして、来たる3月14日午後10時過ぎにわたしは自宅を出る。娘がいると手芸店の商品をめちゃくちゃにしそうなので夫に託す。夫にどこに行くの?と聞かれたが、秘密だと返した。
ついに手芸店。シャッターの一部が空いている。入るとすでに先客がちらほら。常連と思われるおばあさんと何やら髪がパンクテイストな若い女性。わたしは3番目の客か。
棚を見ると当然ながら手芸用品が所狭しと並んでいる。ボタン売り場見たいな、と思い奥に進むとそこにあった。色とりどりのボタン!は〜やっぱり最高の空間だ。一般的な丸いボタンから飾り付きのボタンなど、全て宝石のように光り輝いている。
ボタン売り場のすぐ近くにはビーズも売られている。スルメを入れるボトルみたいなやつの小さいバージョンがたくさん置いてある。カラフルで大きさもそれぞれ、中には経年劣化で色褪せている物もあったが、それもこの手芸店の歴史なのだろう。
そういえば娘の名前付けグッズを見よう。かわいいワッペンがたっくさんある!ちょっと懐かしいキャラクターが多くてたまらない。自分にはドンピシャな物が多かった。うちのタマ知りませんか?やとっとこハム太郎、ひと昔前のポケモン、名もなきカントリーテイストのレトロなくまちゃん…全部買いたい。棚を丸ごと買いたいと思った。
すでに名前が書いてあるワッペンもあった。娘の名前はあるかな?と探すと、「みえこ」「さちよ」「きよみ」などやっぱりちょっとひと昔前の名前が多くてほっこりした。この中に「ここみ」「のあ」とかあったら少しビビるな。
レジに常連らしいおばあさんが向かう。店主に「手芸屋さんがなくなって寂しい」と言っている。店主もこの辺にはなかなかこういう店はないからね、と優しく相槌を打っている。次はいつ開くの?とおばあさんが聞くと、次は春分の日に開くよ、今は入園入学準備があるしね、と店主は話している。ニーズを分かっているな、と思った。
わたしの後にも女性がちらほら来て、狭い店内をすれ違うのも大変なくらいになった。さて、そろそろわたしも帰ろうか。
わたしが買ったのはドキンちゃんとあかちゃんまんとロールパンナのワッペン、ピンクのお名前タグ、スヌーピーの小さいソーイングセット、アンパンマンのボタン3個だ。アンパンマンのボタンは店主が見本で飾っていたボタン2個もおまけで付けてくれた。合計で約2,000円。これは半額の値段だ。いいのかなぁと思いつつ、いい買い物が出来たなぁとも思った。
最後に感動したのが、商品を入れる小さな紙袋だ。地元の手芸店と同じ袋だ。そう、手芸店と言えばこの袋!懐かしくてたまらなくなった。大切に持って帰ろう。
自宅に帰ってからも興奮冷めやらず、夫にどこに行ってきたか教えてよ、と言われても聞かずに買ってきた商品をテーブルに並べる。地元でビーズをすくってきた時と同じだ。なんて最高なんだろう。もったいなくて使えないかもしれない。それくらい大切な物だ。夫はなんだ、手芸屋さんかと独り言を言っている。なんだとはなんだ。君には分からないだろうなぁ、この楽しさが。
娘が大きくなったら、あの手芸店に連れて行きたいな。
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