キライよりもスキを並べてみる

キライなものならいくらでも並べられる。じゃあ好きなものはというと意外と出てこない!なんてことありませんか?

キライはいくらでも出てくる

だいたい世の中のものはキライ。というと言い過ぎかもしれませんが、実は意外と当たっています。

あの人のああいうところがキライ、あの態度は気に入らない。

この野菜は匂いがきついからキライ。

このバッグは高いしデザインがキライ。

挙げればキリがありません。

おそらくキライなものを挙げてみて!って言われたら、だいたいのものはキライなんじゃないでしょうか?

そもそもキライという感情には、

・知らない
・こわい
・見たくない

という感情が含まれています。どんなことでも最初は知らないし、知らないものはこわいし、こわいものは見たくないですよね。

ですが、どんなことだって、どんな人だって最初は知らないのです。

つまり人間の感情のデフォルトは「キライ」だと思った方がいい。

だから、いくらでもキライを挙げられちゃうんです。

スキにはキライも含まれる⁉️

スキという感情には、このキライも含まれています。

「こういうところはキライだけど…、スキ💖」

これは「スキ」ということです。キライなところはないわけじゃないけど、いったんその部分は保留にしてスキなんです。

逆に「こういうところはスキだけど、キライ」と、もし使うとしても、スキを打ち消した上でキライとなります。

スキにはキライが含まれ、キライにはスキが含まれない。こんな感じです。

スキという感情は、スキと言った責任を感じているように思います。

いったんスキと思ったら、その気持ちに正直であろうとするものです。

もしキライな部分があっても、見なかったことにするか、キライという感情、場合によってはキライな部分さえもスキに変えてしまいます。

人から自分のスキなものや人の悪口を言われたら反発心を持ちますよね。そんなことない!いいところもあるのだと。

スキは自分そのものなのかもしれません。まるで我が子を愛するお母さんのようにすべてを包んでくれる、そんな感情です。

一方キライという感情は無責任です。即決即断、何も考えません。

スキかもしれないけど面倒くさいし関わりたくない。だからキライ。それでいい。

そこには何も起こりません。不毛な砂漠地帯…。だから、キライをいくら挙げてみてもつまらない。気持ちのたかぶりがないのです。

スキを追求すると新たな出会いが…

スキには気持ちの高揚感があります。

わたしは唐揚げがスキです。

といっても、むかし足繁く通ったホカ弁屋さんの唐揚げがスキなんです。

でもそのホカ弁屋さんは数年前になくなりました。しかも、チェーン店ではありません。

ということは、二度と出会えない…。

その後、ほかのお弁当屋さん、お惣菜、居酒屋の唐揚げなどなど、ことあるごとに唐揚げを食べています。

ですが残念ながらあのホカ弁屋さんの唐揚げの味には出会っていません。

ただ、いろんなお店のいろんな唐揚げに出会うことができました。ドンピシャじゃなくても、美味しい唐揚げに何度も出会えたのです。

スキという感情は、新たな出会いも演出してくれます。

スキを並べてみよう‼️

今一度スキを探してみませんか?

スキ探しは自分探しでもあります。

スキは自分の一部ですから「灯台下暗し」でもあり、認めたくない事実に向き合うこともあり、そう簡単なことではないかもしれません。

スキは自分そのもの、自分の個性と言っても過言ではありません。個性を発見するのは自分を知る上で欠かせません。

キライばかりでは自分自身への無関心にもつながりますので要注意!

とは言え人というのはとにかく好き嫌いが多い生き物です。

実は唐揚げ好きのわたしは食べ物の好き嫌いがいまだに激しく、たいへん恥ずかしい思いをすることがあります。

でもキライなんだから仕方がない。避けて通るのもまた人生…、それも寂しいものです。

スキを並べて、その道を追求するのも悪くありません。新たな出会いもあります。

キライなことは置いといて、スキに囲まれた生活はきっと充実するはずです!

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ちなみに「スキ」の押し売りではありません💦

✨毎日note更新中!この投稿は76日目です✨


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