認知症、心疾患、がん……コロナ時代「健康の新常識」
外出が少なくなるコロナ時代、健康で過ごすには何に気を付ければよいのだろうか。専門医が教える「おさえるべきポイント」。/取材・構成=鳥集徹(ジャーナリスト)
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▶︎【認知症】外出自粛が続くと、認知機能や認知機能を悪化させる「負のスパイラル」に陥る危険性がある
▶︎【心疾患】コロナ太りと不摂生で成人病予備軍が増えている。このままでは数年後に重症化する危険性も
▶︎【がん】コロナの感染がさらに拡大したら、がん診療にも制限がかかるかもしれない
「認知症」が接触減で悪化する
コロナを過剰に恐れず外に出よう。他人とのふれあいで認知機能は改善する。/髙瀬義昌(在宅療養支援診療所「たかせクリニック」理事長)
髙瀬氏
コロナ禍は、認知症を抱える高齢者の健康にも大きな影を落としている。東京都大田区で高齢者の在宅療養をサポートする訪問診療に長年携わり、認知症や看取りをテーマにした著作も多数ある髙瀬義昌医師に、実情と対策を語ってもらった。
新型コロナウイルスの流行拡大は、訪問診療や訪問看護・介護の現場にも混乱をもたらしています。先日も一人暮らしの90代の女性で、認知症がある方のご家族から、「デイサービスへの通所を続けるべきかどうか」と相談されました。
その女性は、最初は通所を拒否されていたのですが、多くの方のサポートによって、5年がかりで通えるようになり、今ではむしろ通所を楽しみにされています。しかし、糖尿病や肺気腫などの持病があるため、ご家族が「コロナ感染が心配だ」と言い出したのです。
この方に限らず、再び緊急事態宣言が出たことでご本人やご家族が心配して、デイサービスへの通所を中止する人が増えるのではないかと思います。その方が通っているデイサービスは、感染対策を適切に行っているのですが、感染が拡大した現状では致し方ないことかもしれません。
ただ、家に引きこもって外出しなくなると、負の側面があることも知っておいていただきたいのです。
九州大学病院精神科神経科講師の小原知之先生も指摘していますが、歩く機会が減ると筋肉量が減少して太りやすくなり、高血圧や糖尿病などの生活習慣病が悪化しやすくなります。また、人と会わなくなると孤独を感じるようになり、飲酒量が増えたり、うつ状態に陥ったりします。
実は、これらはすべて認知機能低下のリスク要因なのです。外出自粛が続くと、これらのリスクが重なって悪い方に働き、認知機能や認知症を悪化させる「負のスパイラル」に陥る危険性があるのです。
実際、患者さんのご家庭にお邪魔すると、コロナ禍になってから全般的に活気がなくなったと感じています。あまり外に出ず日中に動きませんから、お腹が空かず食欲が落ちたり、逆にやることがないので食欲に歯止めが利かず過食状態になったりと、食欲の調節が上手くいっていない方が増えているのです。
運動不足や栄養不足になると免疫機能が落ちてしまうので、風邪も引きやすくなります。実際に、高齢者の間ではこの冬も咳や発熱などの症状の出る人が多く、「新型コロナかもしれない」ということで、PCR検査をすることが増えました。
私自身が訪問して検体を採ることもありますし、仲間の医師会の先生のところに受診してもらうこともあります。これまでに2、30人の方を検査し、ほとんどは陰性でしたが、PCR陽性も数例が出ています。
ある認知症の90代の男性は、普通の風邪と違って症状が変動してなかなか治らず、食欲も落ちてきたため、早めに近隣の病院に入院してもらいました。そこで検査した結果、PCR陽性でした。その後、別の公立病院に転院されましたが、数日経って重症化したと聞いています。
うつが認知症を悪化させる
注意すべきは「3D」の悪化
以前なら、高齢の患者さんがインフルエンザなどにかかった場合には、軽症であればご本人やご家族が希望されないかぎり入院せず、そのままご自宅や施設で療養されることも多くありました。しかし高齢者が新型コロナにかかった場合は急変する恐れがありますし、介護者への感染リスクもありますので、ご自宅や施設で療養するのは難しいでしょう。やはり新型コロナは普通の風邪とは違うと感じています。
私たちも発熱や風邪症状の患者さんがいるご自宅や施設にうかがう際にはマスクを二重にしてフェイスガードをつけ、手洗いとアルコール消毒を徹底して、ごく短時間で診療するようにしています。私自身も感染リスクを感じながら診療しているのが実情です。手指衛生の徹底はもちろんのこと、首から上を手で触れないようにする、家に帰ったらすぐに入浴するなどして、ウイルスを自宅に持ち込まないように気を付けています。お風呂に入らないと女房は口も利いてくれません(笑)。
冗談はさておき、患者さんの側もこの1年、「コロナに感染してはいけない」というプレッシャーがかかり続けているので、ご本人だけでなく、介護する家族や訪問医療・介護のスタッフまでもが重苦しい雰囲気になり、ストレスが高まっているケースも少なくありません。
実は、「うつ(Depression)」、「認知症(Dementia)」、「せん妄(Delirium)」の「3D」はすべて関連していて、重なって発症することも多いのです。うつ症状が悪くなると、認知機能の低下やせん妄(意識が混濁して妄想や幻覚を見たり、不穏な行動をしたりすること)を起こしやすくなる。そのうつの部分が、コロナの影響で悪くなっている患者さんが多いのです。
そのため、不安が強くなって、救急車を何度も呼んでしまう人が一部にいます。また、せん妄が悪化して、対応に苦慮しているご家族も増えている。コロナのために、認知症患者のうつやせん妄の比重が大きくなっている。たんに身体的な疾患や認知症の診療だけでなく、精神症状にも注意を向ける複合的な診療が必要になっていると痛感しています。
また、コロナ感染を恐れるあまり、受診控えをしてしまう人が多く、それも高齢者の健康に悪影響を与えています。専門医への受診や病院で行う精密検査ができない。しかも、コロナのためにうつ、認知症、せん妄が悪化して、薬も飲めなくなる。そのため、持病のコントロールができなくなり、入院が必要となる人も出てきています。
積極的に外出しよう
しかし、医療機関の逼迫やコロナ感染のリスクがあるため、現状では高齢者の入院をなかなか受け入れてくれません。そのため、病状を改善させる機会を失ってしまう事態も起こり始めています。
また、入院できたとしても、コロナのためにご家族やなじみの医療者・介護者との面会もなかなかできない。人と話さず、孤独になることも、実は認知症やフレイル(衰弱)を悪化させる要因になる。私たちも入院のメリットとデメリットを天秤にかけながら調整せざるを得ず、とても苦慮しているのが実情です。
こうした事態に陥らないためにも、今は寒い中ではありますが、ご家族や介護者が散歩を促すなど、高齢者が自宅に引きこもらないように、サポートしていただきたいのです。筋肉を衰えさせないだけでなく、寝たきりの要因となる骨折を防ぐためにも、外に出ることが大切です。骨にカルシウムを補給する血中のビタミンD濃度は、日光に当たらないと上昇しません。
ただ、私たちが訪問したときには、ご家族までがうつ状態に陥り、散歩どころか何もやる気がしないという人も少なくありません。うつ状態になると食事の量が減って、栄養状態が悪くなります。そうなると散歩しようと思っても元気が出ないんです。そうした場合、私は医療用の栄養剤を処方したり、マルチビタミン&ミネラルのサプリメントをお勧めしたりして、まずは栄養状態の改善を目指すようにしています。
また、食欲が落ちないように、薬の調節をすることもあります。高齢者は複数の薬を飲んでいることが多いのですが、薬を何種類も飲みすぎると、副作用で食欲が落ちてしまうことがあるのです。そこで、薬による有害事象が極力少なくなるように、薬の種類を変えたり数を絞ったりして、薬の最適化を図ります。
食欲が落ちている人には、向精神薬を使うこともあります。ただし、これらの薬は両刃の剣なので、できるだけ少量を短期間で使うことと、症状の変化をモニタリングすることが大事です。そのため、看護師や介護スタッフだけでなく、ご家族にも薬の作用や副作用について理解していただいて、ちょっとおかしいなと思ったら早めに医師や薬剤師にフィードバックしてもらえるように、医療・介護のチームが密にコミュニケーションを取るようにしています。
そうやって薬を調整し、食事も摂れるようになれば、フレイルだけでなく、免疫力の低下などもブレーキがかけられる。そうして体調が整ってきたところで、「暖かい時間を見計らって、散歩しませんか」と水を向けると、提案に乗ってくれるようになるのです。
足腰の弱りにも要注意
「ポジティブストローク」の効果
公園など広いところであれば感染リスクは低いですし、ソーシャルディスタンスが取れるような、空いている時間を見計らっていけば、スーパーでお買い物するのもいいでしょう。アルコール消毒をこまめにすることと、外出から帰ったときの手洗いとうがいを習慣づければ、問題は少ないと思います。
ただ、今でも何気なしにエレベーターのボタンを指の腹で触る人を見かけます。高齢者は重症化リスクが高いので、コロナの感染を防ぐには、たくさんの人がよく触れるところはハンカチや手袋などを使って直接触らないようにするなど、細かい心遣いも必要です。私も替えのハンカチをたくさん用意して、一軒一軒患者さんを訪問するたびに替えるようにしています。
うつ状態になって、ひきこもっていた方も、適切な医療・介護のサポートで栄養を摂れるようになり、散歩に出かけられるようになれば、薄紙をはぐように、少しずつ状態が改善していきます。
たとえば、ある80代の女性の認知症患者さんの場合ですが、最初はせん妄を起し、食事がまったく摂れなくなって、ご家族がお困りになって当院に紹介されました。ところが、私たちがサポートしてから2、3ヵ月後、体重が7、8キロ増え、近所の小学校の周りを散歩できるようにまでなったのです。その回復ぶりには私たちもびっくりしました。
このようなケースもありますので、コロナ禍の今だからこそ、訪問診療、訪問看護、訪問介護を上手に利用していただきたいのです。
ただし、患者さんやご家族が前向きに取り組めるようにするには、医療・介護のスタッフが、上手にお声がけすることも重要です。私は交流分析という心理療法で用いられる「ポジティブストローク」という手法をよく使います。相手を肯定的に認めながら、自分から行動するよう促す方法なのですが、「顔色がよくなっていますよ」とか「よく食べられるようになりましたね」と声をかけるだけで、実際に患者さんやご家族の顔色がよくなってくるんです。
薬だけでは限界がありますし、薬の効果を最大限に引き出すためにも、こうした一種の暗示を含めたコミュニケーションがカギとなります。医師、看護師、介護スタッフの側も、心理カウンセリングやコーチング(相手が自ら行動できるように支援するコミュニケーション手法)の技術を学ばねばならない。そのことを、コロナを通して痛感しました。
課題は「地域の連携」
また、地域医療を支えるには、訪問診療・看護・介護のチームと、地域の基幹病院とが連携する「病診連携」がとても重要です。ただし私は、たんなる「顔が見える関係」というだけではなく、勉強会などを通じて気心が知れる間柄にまで深める、「懐深い連携」を築く必要があると考えています。
とくに感染が拡大した今、医療が逼迫しています。在宅医や訪問看護・介護には地域で高齢者を守る役割があり、我々には「地域の防人(さきもり)」という心構えが必要だと思うのです。それでも、どうしてもという時には、「あの病院が引き受けてくれる」という信頼関係があれば、安心して地域で診ることができます。
コロナは地域の医療介護のネットワークの本質的な部分まで炙り出しました。幸い、私たちの地域では懐深い連携ができており、医師会活動を通じて仲間もつくっておいてよかったなとつくづく感謝しています。
しかし、そうしたネットワークができていないところは、医療崩壊が起こって大変ではないかと想像します。患者さん、ご家族、地域にとって何が1番メリットになるか、どうすれば大きなコストをかけずに、高齢者をしっかり守ることができるのか。地域医療を担う人間として、常に考えなければいけないと言い聞かせながら活動を続けています。
「孤独」で認知機能は低下する
高齢者は、人に会って話をすることも大切です。最近は子どもたちが会いたくても、コロナ感染を恐れて「家に来るな」と言う高齢者も多く、人としゃべる機会が明らかに減っています。しかし、前述したように孤独は認知機能低下の大きなリスクになりますし、死亡率を高める要因にもなる。ですから、定期的に電話するだけでもいいのですが、オンラインで通信できる人は、ぜひ顔を見ながらおしゃべりしてほしいのです。
ただ、高齢者はITを使いこなせない人も少なくありません。そこで、これを機会に、最初から簡単にオンラインで通信ができる設備をビルトインした住宅を開発するよう、医療福祉関係の勉強会で提案したいと考えているところです。
患者さんにとって快適な楽しい空間をいかにつくるかも、在宅医療の大事な役割です。ハウスメーカーだけでなく、ITやAI(人工知能)の会社も、在宅医療の分野に目を向けて、開発を進めるとよいのではないかと期待しています。日本人は作り込みが丁寧なので、政府主導で進めれば、世界に向けて発信できる開発ができるのではないでしょうか。
コロナ禍の今だからこそポジティブストロークが大事です。メディアが、今の状況を悪く言い過ぎてしまうと、社会に対してネガティブなメッセージを伝えてしまうことになり、ますます高齢者を追い込んでしまう。緊急事態宣言の期間を前向きに乗り越え、コロナ感染がひと段落したところで経済活動を活発にさせれば、まだまだ日本も復活する底力があるはずだと信じています。
巣ごもりで「心疾患」激増リスク
コロナ太りと不摂生で成人病予備軍が増えている。このままでは数年後に重症化してしまう可能性も。/志水秀行(慶應義塾大学医学部心臓血管外科教授)
清水氏
自粛生活で外出機会が減ったために太ってしまい、血圧や血糖値が悪化している患者が多いという。にもかかわらず、感染を恐れて受診をためらい、放置している人が少なくない。それによって、将来、より重い病気を引き起こす危険性があると志水秀行医師は警告する。
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