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自問自答日記 day23 私は○○がしたい。

「私は○○がしたい」という文章をじっと考えてみてください。そして自分に問いかけて下さい。最近私が心から願っていることは何か。この時に注意することは、"こんなことを願ってどうする"という否定的な考えです。自分自身の中に願っていることを存分に話す時間を持ってみてください。




・私は自分を大切にしたい。

今まで私はどれだけ自分のことを蔑ろにしてきたか、やっと気づいた。渦中にいる時は傷ついていても我慢して見て見ぬフリして、強がって…戦って、ボロボロになって…自分は責任感がある方だと思ってて、責任感故に体調不良でも隠して薬飲んで働いて、自分がいないとダメなんだって思って人に頼れなかった。仮病を使ったことがないくらい真面目だった。医者に行くとか言って休んでライブに行くとか簡単にできる友達が羨ましかった。目に見える苦痛だったらいいのに…って。もういっそ倒れてしまえばいいのに…って。だけど、私はなかなかぶっ倒れない健康体だった。


それでもついに2018年、職場環境が最悪でストレスで、実際メンタル悪くなってきて、パワハラ上司に追い討ちをかけるように理不尽な言葉で責められた時、ついに熱がでた。それでも我慢して誰にも言わず仕事しちゃった日に(コロナ禍前です)とうとう心の中で"もう無理かも"と思った。結局自分は体調悪くても無理して働くし、誰にも言えないし…夜涙止まらなくなって、このままじゃ壊れてしまうという恐怖が襲ってきた。暗黒の闇に包まれて、止めようのない涙。その時はなんで泣いてるのかもわからなくてどんどん不安になっていった。明日が来なければいいとさえ思った。明日は休もうと思った。しかし、翌朝、また無駄な責任感のせいで、微熱のまま職場に行った。あー結局自分は休めないだと、通勤中ずっと自己否定、自己嫌悪の連続で、職場について、熱があることを伝えダムが崩壊した。なんで体調不良で休むことでこんなに泣いているのだろうか…。休みをもらいまた泣きながら帰って、もう私はこの職場に居れないと思った。熱が下がると同時に求人案内を検索していた。


私は、自分を大切にする方法がわからなかった。自分の痛みに鈍感だった。無駄な責任感を背負っていた。他人への甘え方を知らなかった。休み方も知らなかった。


休むこと=怠惰。

私の中にあった要らない方程式。幼い頃から無意識に我慢することを強いられてきて、それがいつの間にか自分で自分を苦しめていた。泣くことはいけないこと。学校は休まないで行くこと。痛みは我慢すること。責任はとること。人に甘えないこと。

自分の強みだと思っていたところは自分の弱みだった。真面目な性格だからこれまで頑張ってこれたところもあったけど、頑張れるギリギリのところまできたようだ。


私は熱が下がった時にまずしたことが求人検索だったけれど、それよりも必要だったのは休息だった。身体の休息と自分の心の痛みを癒してあげることだった。あの時の私はまだ気づいていなかったね。だからその後も自分を追い詰めすぎて鬱ぽくなっていった。ただ職場のパワハラ上司が悪いと思っていたけど、私にも不足しているところがあった。(休み方、力の抜き方、適当にすること、人に頼ったり甘えたりすること。)その方法を知っていたらパワハラ上司と対峙しても、私は壊れなかったんじゃないかと思う。


休むこと=怠惰。という方程式は根強くて、鬱ぽくて仕事に行けない日に何度も私を苦しめた。休む度に自己嫌悪。もう仕事していても心持たないし、休んでも家で泣いているし、どこで何をしていればいいのかわからなくなった。友達にSOSも出せなかった。ただ流れる涙を拭いていた。



そうして私はその度に旅にでた。景色を変えたかった。

どこかに行けない時は、韓国ドラマを見て時間をつぶした。

暴飲暴食をしてまた自己嫌悪に陥った。

自分の悲しみ、苦しみ、鬱に追い込まれながらも、調子の良い時に向き合うようにして何かしたいこと、できることを探すようになった。

その繰り返しだった。泣きながらだんだんそんな日もあっていいんだ。不調な日もあっていいんだ。休んでもいいんだ。と自分を許そうとした。

きっとこの期間って今まで30年間溜め込んでいた痛みや我慢、悲しみ、全部爆発してしまったんだと思う。そして今まで鈍感になってた分、いきなり痛みを感じだして、その痛みに心が耐えきれなくなっていたんだと思う。


そんなことを繰り返して2019年を迎えた。

天気や気圧によっても体調って左右されるからちょっと不調でもいいんだよ。女性ホルモンの関係でちょっと不調でもいいんだよ。休んでいいんだよ。今日はダラダラしても大丈夫。今日は好きなもの食べても大丈夫。どんどん自分を許していった。やっと自分の感情や痛みに気づいて受け入れることができてきた頃だったのかもしれない。



たまにある調子の良い日に自分を振り返って日記書いてみたり、勉強したり、日々食養生したり、ヨガをして自分なりにこの鬱状況を改善できるように努力した。何度、病院に行こうかと思ったけど、診断を受けるのが怖くて行けず、心理系の本を読んだりしていた。相変わらず人に頼ることができなかった。


何もかも失った状態だったけど、そういう時って本当に自分のことを心配してくれる人と言葉だけの人、自分の体裁を守るための行動に出る人、そんなことが浮き彫りになっていった。


求人検索をしてるころ、壊れ始めた頃、私らしくなく会う人会う人に愚痴り始めた。自分を守ろうとして同情をかおうとしてたのかもしれない。

反応は様々だったけど、そこで、本当に話を聞いてくれる人を見つけた。それは以外な人達だったけれど、その人達のおかげで私は今復活できていると思う。ボロボロになっていても私の存在を認めてくれて、どうにかしようとしてくれたり、代わりに泣いてくれたり、一人だと思っていた私に仲間という認識が強くなった。道を外れそうになる度に戻そうとしてくれたり、一緒に悩んだりただ話をしたり。まだ私は存在していいんだなって自信をくれた。


鬱から脱却するためにその人々を想った。感謝ってこうやって生まれるんだね。


「ありがとう」もとって付けたようにしか言えてなかった私が気持ちの入った感謝。暖かいオレンジやピンクがほわほわしてる心になった。


こうして私は少しづつ生まれ変わるような、価値観が変わっていくような感じがしてきた。

私の中に存在しなかった価値観"自分を大切にする"ということをだんだん意識するようになっていった。


自分を大切にするっていうのは過去の私が思っていたワガママとは違うこと。休むこと=怠惰ではないこと。感情を出すことが大切であること。身体の状態を知ることが大切であること。今までの価値観がどんどん変わっていった。


私は自分が心地よいと思うような選択をして生きたい。本当に自分の為になる選択をして生きたい。自分の感情に気づいて、どんな感情でも受け入れてあげたい。


自分を大切にしたい。そう思う自分をぎゅーっとハグしてあげたい♡そのくらい今は自分を大切にしようとしている。



今は鬱ぽい日はまれになっていて、普通に仕事出来ているし、上司にも恵まれ気軽に休み貰えるし、価値観が変わったおかげで少しづつ生きやすくなっていていると思う。自分のメンタルが安定してくると人のことを思うようになるみたいだ。過去の私も無駄な責任感で人を思っていたけど、そういう感じとは違う気持ち。これが、思いやりというのだろうか…

私は保育士で、今私ができるのは私のようにならないように子ども達にも自分を大切にすることを伝えていきたいと思っている。

泣いてもいいし、転んだら痛いし、やりたくない時もあるし、嫌な時は嫌だって言っていいし。自分を大切にするために逃げていいんだよ。っていうことを伝えていきたい。休み方、自分を大切にする方法を選べるように子ども達に伝えていきたい。


そう心の中で思いながらもまだ周りに流されそうになったり、今までの保育しようとする自分もいて日々葛藤中だ。



○○したいっていう気持ちは生きる原動力だ。

この感情が無くなった時、無気力になった時が本当に怖いことを知っている。

そうならないように、子どもたちが○○したいの気持ちを持ちながら生きていけるように、私は応援できる保育士になりたい。


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