マガジンのカバー画像

LIBRARIAN|川野芽生の小部屋

9
モーヴ・アブサン・ブック・クラブの司書、川野芽生の小部屋。小説家・歌人・文学研究者。
運営しているクリエイター

記事一覧

ニコラス・カルペパーの窓|marship《1》|石の中に夢見る

 かつて、繰り返し見ていた夢がありました。  旅をしています。  雪煙の立ちこめる、林の中の道を、馬で進んでおりました。  銀鼠の空を背に、重たく垂れる冬木の枝。  あるいは、白く霞む遠くの常緑樹。  そんな風景がどこまでも続きます。  遠い異国のような、けれど不思議に懐かしいような、気がいたしました。   覚えているのはそれだけ。  どこから来て、どこへ向かうところなのか――夢から醒めたあとでは、どうしても思い出せません。  一人であったのか、それとも誰かが共にいたのか

ニコラス・カルペパーの窓|古典技法 KANESEI 《1》|星を仕舞う

 星を、収めるための函ですよ。  昔からその地方では時々、落ちている星を拾うことがあるそうです。  いつ落ちてきたものかはわかりません。  昨夜落ちたばかりの流星なのか、それとも何万年も土の中に埋まっていたものか……。  落ちてくるところを見たものはないそうです。  ですからそこでは、函造りがさかんなのだそうです。  なぜって、拾った星を仕舞うためですよ。  星をそのへんの空き箱に仕舞うわけにはいかないでしょう?  たとえば、こういった。  夜空のような紺青色の布で内

ニコラス・カルペパーの窓|古典技法 KANESEI 《2》|函のかなたの世界を見る

 異端の魔術師が姿を消したとき、彼のアトリエには大量の函だけが残されていた。  大きさも材質も意匠もさまざまな、函——。  一体どんなものが入っているかわかったものではないと、人々は怖れて手を触れることもできなかった。  湖上の魔術研究所から、賢者たちがアトリエを調べにやって来た。  彼等はおそるおそる函を開けてみたが、中には何も入っていない。  どの函もどの函も同じである。  しかし手を尽くして調べてみた結果、函はそれぞれ、特定の月と星の相の下でのみ真に「開く」——とい

ニコラス・カルペパーの窓|川野芽生×ruff×Du Vert au Violet|星座写字室〜風のエレメント

 代々の護り人が博物図譜をひそかに受け継ぎ、気の遠くなる時の流れの中でその時代時代の尖端が織り込まれ、いまこうして届けられた——イラストレーター・ruff様の作品を初めてみた時の打ち震える衝撃は、今でも鮮明なままです。  その作品にはアンティークの風合いが質感豊かに盛り込まれていながら、透明感あふれる現代的なセンス、さらには未来のノスタルジーをも感じさせる不思議な時の揺らぎが留められていました。  これまで、数々の霧とリボン企画展へのご参加に加え、2020年には念願の個展《

ニコラス・カルペパーの窓|川野芽生|メイキング・エッセイ|星座写字室〜星の言葉を綴る

 文学作品を題材に作られるDu Vert au Violetさんのポプリを知ってから、いつか小説か短歌でコラボさせてほしい、と思っていました。  その願いが叶って、このたび『星座写字室』シリーズにてDu Vert au Violetさんのポプリ、ruffさんのシガレットカードとご一緒させていただけることになりました。  私の担当は、各星座にまつわる掌篇小説。  その際、星座だけでなく、それに対応する植物各二種(シガレットカード・ポプリとも共通)も登場させてほしいとのことで

LEO & MEGUMI|詩と短篇小説のZine『黎明通信』

 こんにちは。歌人・小説家の川野芽生です。  詩人・翻訳者の高田怜央さんと一緒にZineを作成しました。  造本・デザインは霧とリボンさんにお願いした、トリプルコラボ本です。  内容は詩と短篇小説(怜央さんとわたし、おのおの詩5篇、小説1篇)。  怜央さんが小説を発表するのははじめて。  わたしが詩をまとまったかたちで発表するのははじめてです。 発端 発端はおそらく約一年前、怜央さんの詩集『SAPERE ROMANTIKA』の刊行記念の高田怜央×永井玲衣トークイベント(代

MEGUMI|ご挨拶—幻想と言語—

 モーヴ街3番地、MAUVE ABSINTHE BOOK CLUBの司書として新たに就任しました、川野芽生と申します。司書とは申せ、一歩踏み入れば迷宮のごときこの菫色の庭をご案内することはわたしの手に余ります。いえ、モーヴ街を探検し尽くした者などいまだかつていないに相違ありません。  わたしがどういう者かというと、歌人・作家・文学研究者といったところでしょうか。ものごころついた頃から物語を書き始め、その後短歌を作るようになり、その間様々な文学形式に寄り道しながら今に至ります

Belle des Poupee|永遠になくならないデザートを

 「妖精にお願いするものは決めた?」  「食べたらお菓子がなくなってしまうのが悲しくて泣いたことはなかった? あたしは泣いたわ。あんなにきれいで、かわいらしくて、胸踊るようなものが、口に入れるとほろほろと溶けて甘い思い出に変わってしまう、その悲しみを言葉にできなくて。  だからね、あたしは、永遠になくならないデザートをくださいってお願いするつもり」  「たとえば、どんな?」  「たとえば、そうね。凝ったお菓子もいいけれど。  毎年春になるのを待ちわびて、あたしたちはこの森

Miss Moppet Dolls|パティスリーの天使たち

 内緒の話をしてあげる。  あのお菓子屋さん、菫色の壁紙の、かわいいパティスリー、あそこにはお菓子の天使が住んでいるの。  昼間はお人形のふりをしているけれど、こっそり目配せしあっているのを見たわ。  ほら、お店のテーブルの上にお行儀よく座っているお人形、覚えているでしょう?  片方は、きっとショートケーキの天使ね。  だって、ショートケーキがドレスを着ていたらこんなだろうって、想像していた通りだもの。  ふんわりした生地のスカートに、銀のアラザンみたいなビーズをちりば