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LIBRARIAN|高田怜央の小部屋

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モーヴ・アブサン・ブック・クラブの司書、高田怜央の小部屋。詩人・翻訳家。「詩のある生活」を通して、ともに「言葉とはなにか?」という謎を探りませんか。
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#霧とリボン

ニコラス・カルペパーの窓|合田ノブヨ|記憶の咲く庭

 初めてノブヨさんの庭を訪れたのは、少し前のことだった。あるいはもっとずっと昔、夢のなかでのことだったかもしれない。私はこの場所を知っている気がする。生まれるより古くから。  いつか去ってしまったのが不思議なくらいだ。きっと私は、かつてここに暮らしていたに違いない。薔薇のアーチも、絡まる蔦も、さえずる鳥もすべてが懐かしい。もしかしたら、いつかみんながここにいたのかもしれない。  いったいノブヨさんはどうやって、この場所をずっと忘れずにいられるんだろう。  あの人に会うの

ニコラス・カルペパーの窓|藤本綾子|星の声を奏でるコップ

 たまに尋ねられることがある。「どうやって星の声を聞いているの?」  これが星の声の聞き方だ。  けれども、雨や曇りが続いたり、ぐったりして目が霞んだりしていると、星々の囁きは聞こえない。仕方がない。晴れ晴れとした夜に、また今度。  そう自分に言い聞かせるけれど、やはり少しさみしい。それからもうひとつ気がかりなのは、星の声がどんな具合なのか、うまく人に説明できないこと。  そう思って過ごしていると、綾子さんという方が「星の声を奏でるコップ」を作っていると聞いた。まるで

ニコラス・カルペパーの窓|&Robe|ある魔女のアトリエ

 星を読んだり、香りを熟成させたりして来る日も来る日も過ごしていると、人から「魔女だ」と噂されることがある。奇妙な霊感がある、と言う者もいれば、いや、あれは共感覚なのだ、と言う者もいる。きっと、見慣れない光景になにかしらの説明を求めているのだろう。  実のところ、私に何かとりたてて変わった力があるわけではない。ほとんどは書物から得た知識と、経験と鍛錬の賜物だ。  けれども、ひとつだけ魔法があるとすれば、それは「装い」だ。星占いをするとき、それからポプリの調香をするとき、わた

ニコラス・カルペパーの窓|Shirakaba lab × 高田怜央 × Du Vert au Violet|『ラーヘンデル薬草香譜〜Lの巻』

 はじまりは、一杯の清洌なハーブティでした。  透明な空間に端正に佇むハーブたち、封を切った時の鼻腔をやさしく通り抜ける乾いた香り、湯を注げばガラスポットの中で広がる色彩のアレンジメント、馥郁とした香りと共に口中を満たす美しい味わい——  「白樺」という土地で丹精されたハーブティの一杯に憧れを抱き続けて幾年——光栄にも、「菫色の小部屋(霧とリボン実店舗)」閉廊の年となった2023年、企画展にご参加頂くことが叶いました。  ハーバリスト・Shirakaba lab様が纏う、

LEO & MEGUMI|詩と短篇小説のZine『黎明通信』

 こんにちは。歌人・小説家の川野芽生です。  詩人・翻訳者の高田怜央さんと一緒にZineを作成しました。  造本・デザインは霧とリボンさんにお願いした、トリプルコラボ本です。  内容は詩と短篇小説(怜央さんとわたし、おのおの詩5篇、小説1篇)。  怜央さんが小説を発表するのははじめて。  わたしが詩をまとまったかたちで発表するのははじめてです。 発端 発端はおそらく約一年前、怜央さんの詩集『SAPERE ROMANTIKA』の刊行記念の高田怜央×永井玲衣トークイベント(代

松下さちこ《1》|私のお気に入りの、ほんの一部《1》

 蓋を開けると、ハミングが聞こえる。甘やかな旋律。かすかな声が、だんだんと大きくなる。そして歌になる。はっきりと聞き取れるようになる、魔法の言葉。  松下さちこさんのイラストは、まるで秘密の菓子箱のよう。鏡台の引き出しにひっそりと仕舞ってあるとっておき。それもひとつではない。「これは私のお気に入りの、ほんの一部」。さちこさんは、私たちにこっそりウィンクする。  花だけでは足りない私のもとに、純白のお菓子がやってくる。耳元で歌を歌い、目の前で踊りを踊ってみせる。いつか古い映

金田アツ子|名曲喫茶のブーケ

 東京にはまだ、訪れたことのない名曲喫茶がたくさんある。うっかりしているうちになくなってしまった場所もある。さみしい。  けれども金田アツ子さんの出してくれる昔ながらのデザート菓子は、いつまでたってもなくならない。遅くなってもいつも出迎えてくれる、わたしが来るより少し前の街の記憶。 *  まるで塔のようにそびえ立つ色とりどりの花々。しかしそれは花器ではなく、デザートプレートに載せられてやってきた。  終わりもなく始まりもない純白の円形に、いつまでも褪せることのない菫色