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9/25「日本対俺」

はじめに

「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ」とはチャップリンの名言だ。

まさしくこれは赤堀監督の作品に共通するテーマなのではないだろうか。あくまで私自身初めて監督の作品を観たのが丸山隆平主演「パラダイス」からなので、もっと昔から観ている方はまた違った感想を持たれるかもしれないけど。

今回の舞台は作・演出・出演赤堀雅秋、総合演出大根仁、映像山下敦弘。舞台に上がるのは赤堀氏、そして日替わりでゲストという異例の一人舞台である。

私が赤堀監督の舞台を観に関西から東京に来たのは、前作「パラダイス」で監督の作品に強く惹かれたからである。あとゲストに今まで観て演技が好きだなと感じた方たちの出演が決まっていたのも大きい。

中年男性の「やるせなさ」と「それでも生活は続く」をひしひしと感じさせたこの舞台を忘れたくないので、覚えている限りの各演目のあらすじと感想を書いていく。販売していた台本が完売してしまったので、頼りになるのは私の記憶だけ。書いているセリフは全て私の記憶をもとにしているので、ニュアンスや実際と違ったりすることもあると思うがご容赦いただきたい。


舞台構成

始めに居酒屋を舞台に赤堀雅秋、水澤紳吾、松浦祐也の三人の会話劇を予め収録された映像が流れる。とりとめのない会話の最中、赤堀監督の劇団Twitterに届いた一通のDMの話になる。差出人いわく小学校の同級生であり、私のことを覚えていますか?という甘酸っぱいメッセージ。会いに行くべきだと下世話な好奇心で囃す2人と、お互い50過ぎた中年だぞ?と言いつつも少し胸を躍らせていそうな赤堀監督。
以後各演目前に、同級生に会いに赤堀監督の地元へ向かう三人の道中のやり取りが映像で流れる。

1.COVID-19

サウナから物語は始まる。壁にかけられた温度計を指差し「これ壊れてない!?」と大きな声で話す中年男性。今日はいつもより熱く感じるなど近くにいた知り合いとたわいもない話で盛り上がり、サウナハットを被った見知らぬ男性(おそらく若い)に声の大きさを指摘され、ヘラヘラと謝る。このヘラヘラ謝ってからのその場を繕うような会話が秀逸で、興味はないけど雰囲気悪くしないように質問しとこ…みたいな軽薄なやり取りがリアルで良い。

俺はサウナに10分いたいんだよと言うくせに、時計を見るのを忘れて知り合いに時間を確認するくだりとか、ぼそっと出た「ジャニーズ事務所どうなるのかな…」のようなひとりごとがあまりにも自然すぎてどこまでが演技で、どこまでがアドリブなのかわからない。

再度知り合いとの会話が白熱し、ハットを被った男性が怒ってサウナを出て行ってしまう。彼がサウナハットの他にマスクも付けていたことを揶揄し、もう一度温度計を指さしながら立った瞬間ぶっ倒れ暗転。

2.インフラ対策

炎天下の中交通整理を行う中年男性。どうやらトイレに行きたいらしく、無線でヘルプを呼ぶが、通信の調子が悪くうまく連絡がとれない。そんな危機的状況の中、通行止めの看板を無視して通ろうとする一台の車。窓を開けさせ事情を説明し迂回を頼むが、運転手は全く納得しない。あまつさえ動画を撮影し始める運転手と押し問答になり、そんなんならもう行ってみろよ!と半ば自棄になった中年男性は看板をどかして、車を通す。

このはじめは相手に腹が立っても丁寧に応対していた姿が、あまりの聞き入れのなさに一社会人としてあるべき姿をかなぐり捨て、怒り出すまでの感情の移り変わりの様子が見ていてとても面白かった。終盤で漏らしてしまう中年男性とおつかいに行く男児とのやり取りと、その対比も笑える哀愁があった。

3.8050問題

そもそも8050問題を知らなかったので調べてみると「80代の親が引きこもっている50代の子どもの生活を支えている構図」らしい。

この演目が本当に生々しい。(とはいえ今実際に日本で起こっているの問題なのだけど)親の年金に頼り生活する中年男性は、親にテレビを見せている横の部屋にデリヘル嬢を呼ぶ。これだけでもうやめてくれ!と言いたくなるのだけど、デリヘル嬢との会話やふと訪れる沈黙に見えた中年男性のデリヘル嬢の様子をうかがう粘っこい視線や挙動がキツい。

「他の客と俺は違う」というのをムンムンに出す中年男性は、性行為を目的に呼んだんじゃないと言いプレイには及ばずしりとりを始めたり、あなたにはそれだけのお金を払う価値がある、また髪の毛切った?とかデリヘル嬢の変化に気づける俺をアピールする。しかし中年男性が言ったところは特に変わっておらず、結果として全て外れていた。

このデリヘル嬢を呼ぶにかかるお金は親の年金からだし、それどころか生活のすべてを親に依存している。そういった現実から目をそらしているからこそ、デリヘル嬢に何度も告白ができる滑稽さと無知さにぞっとした。

もっと言えばデリヘル嬢が来るのにお膳の上にカップラーメンのごみが置きっぱなしだったり、普段は親が座っているであろうおむつシートが敷かれたままの座椅子にデリヘル嬢を座らせたり、なぜか冷蔵庫に入れていない麦茶をふるまえるある種幼さすら感じる無神経さも恐怖だし、そういった細かいところまで作りこんでいる赤堀監督もすごい。

4.無敵の人

笑えるけど個人的に一番怖かった演目。
駅前のベンチに腰掛けワンカップを飲む中年男性は、目の前を歩いていく人たちに声をかけては説教をする。自分より年下で反撃に合わずに済むような相手を選んでいるのも、中年男性の矮小さや社会的地位の弱さがうかがえる。

中学男子のグループに声をかけ話も早々に「まだ童貞の人~?」と手を挙げさせる。中学生たちが戸惑っていると「恥ずかしいことじゃないから!」と怒鳴り、無理矢理に答えさせる。自分の経験談を語るために性的な話題を引き合いに出す無神経さ、そして性的な話題さえできれば距離を詰めることができると信じて疑わない価値観は日本の中年男性そのもので息苦しくなる。

中学生たちも去り、次に声をかけたのは大人しい見た目の30代サラリーマン。中年男性いわく「俺に似ている」彼を横に座らせ、雑談を始める。
(俺たちは生まれながらにして罰を受けているのくだりこの演目で出てきた気がする。パラダイスでも出てきたセリフなのでとてもテンション上がった。違うかったらごめんなさい。)

中年男性は自分の身の上の話を一方的にサラリーマンへぶちまける。そして唐突に紙袋の中からサバイバルナイフを取り出し、無差別殺人を起こすと言う。慌てて通報しようとするサラリーマンに「警察が来るまで二、三分かかるだろ?その間に女子ども狙って刺すよ、強い奴狙ったら止められるじゃん」「ナイフもさ、わざわざホームセンターで買ったんだよ」「これを飲み終わったらやる」

そう言うと中年男性は一気にワンカップを飲み干し、紙袋の中に手を入れた。


しかし紙袋から出てきたのは新しいワンカップ。蓋を開けて飲み始める中年男に大爆笑が起きていて私も笑っていたが、内心この中年男性の躊躇いの生々しさにぞっとしていた。そんな中言い訳するように「話してたら喉渇いちゃって」とどんどんワンカップを飲む中年男性と、これを飲み干したら凶行に走るのかとサラリーマンとともに客席は固唾をのむ。

そうして先ほどと同じように紙袋の中に手を入れた中年男性は、食べかけのコッペパンを取り出し「腹減っちゃったから」と呟き食べ始め、暗転。


この緊張と緩和の高低差がすさまじかった。
中年男性は実行しようと腹を決め、家庭用の包丁ではなくわざわざ殺傷能力の高いサバイバルナイフを買いに行ったところや、その決心の前に生理的欲求を優先してしまうところが、あまりにも人間的すぎる。暗転して凶行は未遂で終わったと勝手に安心してたけど、考えれば腹を満たした中年男性がこの後ことに及んでいる可能性だってあるんだよな、、、本当に怖い。

6.SDGs

「即興劇」
こんなにわくわくさせられる3文字は、なかなかに存在しない。舞台に立つ前いったいどこまで知らされるのだろう。終わり方だって掛け合い次第では雰囲気が変わっていくだろうし。この舞台が複数回見れなかったことが本当に悔やまれる。

ちなみに私が観た回では2回ほど名前の呼び間違いがあったが、それもシナリオ通りだと思うほど掛け合いは安定していた。

最後の演目は看板をしまったスナックを舞台に、ゲスト(この日は八嶋智人)が登場する。
ここまで出てきた中年男性はどれもタイプが違って、演じ分けている赤堀監督もすごい。この回はずっと地元に居続けそれなりに顔が広くなり(あくまでも地元限定)大きな顔をしている中年男性だ。

そこに現れるはいかにもお金を持っていそうな出で立ちの八嶋智人。舞台に出てきた途端、場がぐっと引き締まる存在感があった。(パラダイスでもそうだったけどすごく明るい雰囲気を持ってるのに同じぐらい薄暗い雰囲気も漂わせてるのが彼の魅力だと思う)

明らかに自分より社会的地位が高そうな相手に怯みそれまでの横柄な態度が身を潜める中年男性と、悠々とソファに座る八嶋智人演じる野口の対比が面白い。

物語としては学生時代に貸していた2万円を野口が取り立てに来るというもの。卒業して以来音信不通だったのにどうやってここがわかったと問い出す中年男性に、Facebookから辿ったと返す野口。また野口の格好(開襟したシャツは客席から見ても高貴な雰囲気が漂っていた)を見てどこに行ってたか中年男性が聞くと、会社のパーティーだと野口は答える。(ここでSDGsのタイトル回収してたのか〜!と後で気づいた)

2人は同い年であるはずなのに会話はうっすらと噛み合わず(というか中年男性が貧富の差を感じて萎縮しきっている)とりあえず酒を飲みながら、過去の話に花を咲かせる。

学生時代も特に関わりがなかったのに何故か中年男性は野口に金を借りた。そして野口は中年男性に金を貸した。(ここらへんのやり取りもっと面白かったけど記憶能力の限界により割愛)

ラストはスナックにあるカラオケで「およげ!たいやきくん」を中年男性が歌い出し、野口も歌って肩を組んだ2人で幕が降りる。文字にするとすごくトンチンカンな図のように思えるが、これが結構沁みる。

まいにち まいにち ぼくらはてっぱんの
うえで やかれて いやになっちゃうよ
あるあさ ぼくは みせのおじさんと
けんかして うみに にげこんだのさ

鉄板の上が社会で、店のおじさんとの喧嘩が何かしら降りかかる不条理に置き換えれるなと2人の熱唱を聴きながら、ぼんやりと思った。
生きる場所が違っていたとしても、日々のやるせなさに疲れることに変わりはない。そしてそれはお金のあるなしに関わらない。(タイミングは失念したけど野口も会社の愚痴をこぼすシーンがあった)
続けていかなければならない生活の中での、哀愁漂うつかの間ひとときが、とても不器用で愛おしかった。

この回はこんな終わり方だったけど、ゲストが変わればまた違う終わり方だったんだろうな。東京住みなら全部観れただろうに…悔しい。

7.さいごに

タイトルの「日本対俺」に物語が怪獣映画的な壮大なものになるのかと漠然と予想していた。
実際観てみると嫌になるぐらい身近で、でもその全てはこの日本で今まさに起こっている問題を題材としていて、まさしくこのタイトル通りだった。またその問題に関わってくるであろうものたちの具体的な名前をあげすぎないところも、変に生々しくなりすぎなくてよかった。(やりようによっては個人の名前とかいくらでも出せそうな題材だと思うので)

9/25から始まり、今日10/1で無事千秋楽を迎えた「日本対俺」。個性豊かなゲストたちによっていろんな表情、終わり方を迎えたであろうSDGs。
赤堀監督の様々な演技を見ることができたこの舞台。監督自身最初で最後と書いていたが、大根仁の言葉を借りれば「赤堀君が作る舞台は赤堀君がいちばん面白いんだから、赤堀君が主役をやりなよ」である。(パラダイスでの中年男性のどこにでもいそうな雰囲気と不気味さに目が離せなかったのは私だけではないはず)
私は元から舞台を観るのは好きだったけど、その面白さに気づかせてくれたのは赤堀監督なので、またぜひやって欲しい。

5000字越えの書き散らしにお付き合いいただきありがとうございました。また舞台見たらレポ書いていきます。

(どーでもいい話だけど今回初めて役者の方をなんて呼ぶかめちゃくちゃ悩んだ。近年氾濫している謎のさん付けが個人的に苦手なので、今回全部呼び捨てで統一してます。◯◯氏が安牌かと思えばそうでもなさそうです。難し)

(思い出し書き込み:生活の才能がない(生きる才能がない?)みたいなセリフ聞いて好きなバンドの曲思い出してにやにやした。やっぱり好きなものたちは何かしら共通した感情を持っている)

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