好きと嫌いの無い、モノクロの狭間で

「人間の体をな、薄っぺらくして、脳天からまっすぐ谷折り線を入れれば、左右ぴったり折り重ねることができて何にでも便利なんだ。」
 へえ~、すごいや。
「人間には左右に腕と、脚と、胸と、尻と、目と耳と鼻の孔があって、これが畳むのに便利なんだ。」
 確かに、右にあるのはみんな左にもありますね。
「この左右に分かれるってのは、この世の理だと、俺は思うわけよ。」
 理、この世の。そりゃすごい。
「他にもあるぜ。そこに生えてる花、一輪取ってみてくれるかい。」
 いいんですか。
「いいんだろ、知らねえや。ほら、これな。花弁が5枚ついてるだろう。」
 ついてますね、藤色の。
「どんくせえな。ひとつの花弁のてっぺんから真下に半分に折ってみな。」
 こうですか。あら。
「ほらな。何にでもあんのよ、左右が。」
 この世にあるものはみんな便利にできてるんですね。
「へへ、そういうことよ。」
 てんで知らなかった。他には他には?
「あんた若えし色男だから、きっと女の子、好きだろう?」
 いやあとても。
「じゃあここは、女を右に男を左にしよう。」
 はあ、これらはぴったり重なりますか?
「細かく言いなさんな、ぴったりとはいかずとも、右と左とが合って1つになりゃいいのよ。」
 ああ、そういうことですか。他にはありますか?
「それじゃ、朝を左にして夜を右に…、いや右を朝にしようかね。」
 どっちでもいいんです?
「どっちでもいいんだ。」
 へえ、じゃ、左が朝で右で夜ですか。で、合わさって一日だ、なるほど。
「ああ。逆だったけどまあいいや。次のがな、とっておきなんだが、」
 あれ。
「どうした。」
 それじゃ、昼はどうなりますっけ?朝と夜の真ん中ですけど。
「ええと。ああ、真ん中な。人間の体にもあんだろ真ん中によ、鼻とかさ、ほら!でも谷折りしてやったら隠れんだ。」
 ああ。ありますわね、花の真ん中にも雄しべや雌しべが。
「ニヤニヤするんじゃあないよ。」
 すいません。で、次は何だって言いましたか。
「ああそうだ、ここからが俺の理論のとっておきなんだ。あんた、イヌっころは好きかい。」
 好きでも嫌いでもありませんね。
「おいおい、好きだと言うと思って聞いたんだ。そこに連れてるのは何なんだい。」
 うちのケンです。
「犬の音読みじゃあねえか、愛がないな」
 さあ、うちの親が付けた名前なので。
「じゃあニャンころはどうだい。好きかね?」
 ネコのことですか。ネコもどうも、好きでも嫌いでもありませんね。
「まあいいや。それじゃ、真っ黒のカラスはどうだい。カラスはみんな嫌いなんだ。」
 好きでも嫌いでも。
「アリの大群を見ても、嫌いじゃないって言うか?」
 まあ、ええ。
「好きか?」
 いえ。
「はん、ゴキブリはさすがに嫌いだろう」
 いえ、なんとも。
「じゃあ何だったら好きで、何だったら嫌いなのさ。」
 ええと、うーんと。
「もういいさ。えっとな、つまりとっておきってのは、カラスやアリやゴギブリなんか、黒いのはぜんぶ忌み嫌われてるってことなのよ。」
 えっ?
「だから、黒のものはみんな嫌いで、とりあえずじゃあ、左にしとくか。黒と嫌いは左。白と好きは右。どうだい、とっておき。すごいだろ。」
 はあ、なるほど。左右ってのがよく分からなくなりました。
「こう考えりゃいい、広げて置いて、この世のあらゆるものを右に好きなもの、左に嫌いなものって分けると、白と黒に綺麗に分かれんのよ。」
 そうなんですかね。
「そうなんだって。」
 イヌやネコは白いのも黒いのもいますから、どうなるんです?
「黒ネコがいるがあれは例外で嫌われてるだろ。あとはぜんぶ白だから右だろう。黒イヌは一度だって見ないぞ。」
 見ますよ。それにぜんぶ白ってことはないでしょう。茶色のイヌやネコだっていますよ。
「茶色かい。」
 茶色ですよ。薄いのも、たまに濃いのもいる。
「茶色のイヌってのは何だ、見たことないな。白いのはあるけど。」
 白ったって、すこしは茶色してますよ。
「そうかなあ。とにかく、ことがらのぜんぶ、ありったけを好きと嫌いでより分けると、白が右、黒が左って綺麗に分かれるんだ。」
 じゃ、白のもの、黒のものって分けても、同じように、右に好きなもの、左に嫌いなものって分かれるんですね。
「そういうこった。賢いな、あんた。」
 男と女に白黒はありませんよ。
「おい、それとこれとはまた別の話だよ。」
 そうですか。またむつかしくなりました。じゃ、花は?
「花は簡単だ。たいがい白いだろう、だからみんな好きなのさ。」
 それで右ですか?そんなことないですよ。
「じゃ、あんた花が嫌いなのかい?」
 そうでもないです。
「じゃ好きかい?」
 そうでもないんです。
「どうなってんだ。」
 花は、好きとか嫌いとかないんですよ。そもそも藤色とかあって、黒でも白でもないんで、左右に分けられないですよ。
「何だい藤色ってのはだいたい。」
 これですよ。
「さっきの花かい。これは黒だろ。」
 いやいや黒じゃありません。
「俺が黒くない花を摘めだなんて言うはずないだろう。摘んでいいのは黒い花だけだ。」
 黒が嫌いだから?
「そうだよ。」
 ぼくは綺麗だと思って摘みましたけどね。
「じゃあそれが好きなのか?」
 そうでもないですって。
「どうしちまったんだ。」
 そっちこそどうしたんです。この花が黒いだとか、犬は全部白いだとか言って。
「あんただって変だよ、何一つ好きなものがありゃしない。綺麗だと言う花まで。」
 じゃあおやじさんのいっちばん好きなもの、何だっていうんですか。
「いっちばん白いものがあれば、それだよ」
 それじゃ、真っ白すぎて、ないのと一緒ですよ。
「じゃあ、この世のいっちばん右の端にある何かだよ」

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