久しぶりに写真を撮って思うこと
前回の投稿から半年が経っていた。続きものを書いていたが、書かなきゃというプレッシャーからどんどん筆が遠ざかり、気づけばこの様である。続きは書けないし、書かない。
全くもって情けない。
ここしばらく写真を全く撮っていなかった。
今までなら仕事が休みの日はもちろん、仕事の行き帰りでもカメラを持って1枚でも2枚でも写真を撮っていたが、最近は全く撮る気になれず、休みの日も外に出ず家で過ごすことが多くなっていた。
撮らなくなってしまった理由を書くと、またとんでもなく長い内容になってしまいそうなので今回は割愛させていただく。
その日も特に予定も立てず、YouTubeを見たりAmazon Primeを見たりしながら、ダラダラと家にいた。
夕方近くになり、洗濯物を取り込もうとベランダに出る。気持ちの良い光に包まれてふと思う、ああ写真を撮りに行かねばと。
その反面、もの凄く面倒だなとも思ったが行かないときっと後悔して落ち込みそうだったので重い腰を上げた。
メインのカメラであるPENTAXの645Dと、コンパクトなレンズのPENTAX FA 645 2.8/75mmに、Panasonic PE-28Sのフラッシュをつけて外に出る。
2ヶ月ぶりの撮影だった。
目指す場所も無くぶらぶらと歩いていたが、人の目が気になってなかなか写真が撮れない。人目を避けるように土手へ向かう。
外に出たのが16時前後だったか、もう日が沈み始めている。
とにかく撮ろうと思った。
基本的にスナップを撮っているので、テーマや決まった被写体があるわけでも無く、目についたもの、何か引っかかったものを撮っていく。
使っている機材はデジタルだから撮ったらすぐにプレビューができるわけだけど、見返すことはしない。
ある時までは撮ったら背面モニターで確認していたけど、「撮る」という気持ちが切れてしまうので家に帰るまでプレビューしない。
できるだけ考えないようにして、とにかくシャッターを切った。
およそ2時間ぐらい経っただろうか、寒さに耐え切れなくなって家路に向かう。
PCに取り込み、プレビューする。
撮影者の自分と鑑賞者の自分が激しくせめぎ合い、「なんでこんなものを撮ったのか」、「なんでこう撮らなかったのか」、大抵は鑑賞者の自分が撮影者の自分を厳しく責め立てる。
でも、久しぶりの撮影は悪くなかった。見返してみて、何を動機にシャッターを切ったかがよくわかった。
撮っておいて良かったと思えるものが写っていたし、今の自分が写真に何を求めているかがわかったような気がする。
今までは「写真で何かを表現しよう」、「何かを伝えよう」と思いながらシャッターを切っていたが、そんなことはどうでも良かった。
「目の前のその景色を写真にして持ち帰りたい」、少なくとも今はそれが純粋な欲求だと感じられた。
写真をどこまで続けられるかはわからないが、しばらくはそれを信じて撮ってみようと思った2022年の大晦日である。