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感情の記録4 : 2/10「豆の上で眠る」湊かなえ

昔、湊かなえの告白を読んだ。
当時赤川次郎ばかり読んでいた私にとって、初めての後味の悪い結末で殴ってきた小説であった。
その他、パズルのような描写、鮮やかな急転直下のストーリーも相まって、数冊しか読んでいないものの、湊かなえは好きな小説家の一人として名前をあげる人だった。

豆の上で眠るについて。
題材自体は面白く、最初はイマイチ乗り切れなかったし勿体ぶるなという感想だったけど、全体の7割ほどのところではすごくテンポがしっくり来てラストまで一気に読んだ。

ラストにすごくスッキリすることを期待していたが、設定に無理がないか?という気持ちの方が強く残った。
怒涛の作品都合的な種明かしと、種明かしと並行して描写されることでおいてけぼり感のある独白、「2年間だけ記憶喪失の設定にされてしまった」発言(設定された?って指示された訳でもないのに??)や流石に万祐子ちゃんが病弱な母だけを選ぶのが舞台装置感強すぎたり、背中に豆の感触を感じるように終わらせる意図は分かるけど、その意図の範疇外の部分でモヤモヤしてしまった。因みに意図としては、結衣子の想像上の万祐子ちゃんと実際のハルカさんの乖離で違和感を残したかったのだろうと考えている。

言葉に出来ない母親のいやーな感じがよく表現されていてよかった。
なっちゃんのほんのり嫌な感じも滲んでいてよかった。
風花ちゃんと"万祐子ちゃん"、ブランカ、冬美おばさんが好きかも。

でも本当に、思い出話を聞いたからって他人に成り済ますことは無理だろうと思う。
ハルカさん登場のシーンで、彼女が初めて言葉を発した時の描写、感動の再会として物語をきかせるように口を開いた描写がとても良かったので、発音の瞬間に更にもう少しインパクトが欲しかった。
対して、結衣子の想像の中の本物の万祐子ちゃんでは無いことを決定づける発言を、もう少し強調させて見たかった。

連載ということで、普段とテンポ感が全く別のものをそもそも理想として書いているのかもと思った。

捜索時の嫌なドキドキは本物だった

おしまい

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