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たったひとりの恋物語 第10章 ディオスの世界

第10章 ディオスの世界

異質な人達

―――――――――――――――――――――
ガン、ガン、ガン、ガン、ガン……
玄関を叩く音がする。

先ほど、明を送り出した後、仮眠をとっていたにも関わらず、大きな音に起こされる。
昨日も遅くまで執筆をしていた。
仮眠を軽くとった後、一気に今日は書き上げたい原稿があったのだ。

アタマを振り、玄関へと向かう。
新聞の集金であろうか?
まったく、アイツらはこちらの都合なんて関係なく、踏み込んでくる。
扉を開け、2、3言葉を交わしたら、「ハイ、サヨウナラ」。
そんなことのために、玄関に向かう必要が私にはあるのだろうか?

「は~い」
扉を開ける。
すると、扉を大きな手のひらが掴む。
「鈴木。久しぶりだな。
 おい、大丈夫か? ……おめぇ、痩せすぎだろ……!?」
そこには、見覚えがない男が立っていた。

……誰、だったろうか……?
どこかで会ったことがあるようにも思える。
日に焼け、逞しい身体。
鼻をそむけたくなるほどの、臭気。
煙草だけではない。
なにか腐ったようなニオイがする。
その男は、不織布マスクをおもむろに外すと、顔を近づけ、がなり立てる。

「オイ!
 一体、なんの冗談だよ!
 俺のことがわからねぇって、ことなのかよ!
 ずっと一緒に仕事をしてきた、佐藤だろ! 佐藤!
 お前のことが心配で、休みを使って見に来てやったんだろ!」
……佐藤……? 聞き覚えのあるような、無いような……。
私の中に、なにかの違和感がある。

佐藤というその男の手には、コンビニ袋が下げられている。
その中には、チューハイや発泡酒、酒のツマミなどが覗く。
「ここをたまり場に使おうとしているのではないか?」
そんな考えが、アタマをよぎる。
コイツを上がらせちゃ、ダメだ……。

「おう、冗談もそれくらいにして、一杯やろうぜ。
 お前の近況も聞かなきゃ、なんねぇしな」
佐藤という男が、部屋に無理やりに入ってこようとする。
私は、全力で佐藤の太い肩を抑える。
「おいおい、冗談はよしてくれ。
 俺たちの仲じゃあねぇか。
 今日は久しぶりに、おめぇと話がしたかったんだよ~」
佐藤はその歩を進める。
こんな筋肉ゴリラのような男を私のような華奢な身体が止められるはずもない。

私は、ついに懇願する。
「スミマセン! なにかしたのなら、謝ります。
 だけど、うちにはお金がないんです。
 私は、しがない作家なんです。
 妻も今、働きに出ていますし、お腹にも子どもだって……」
佐藤という男からチカラが抜ける。
私は、恐々とその男の顔を見上げる。
その目が開き、その顔に徐々に笑みが広がっていく。

「マジか!?
 鈴木、てめぇ、やりやがったな!!
 クッソぉ! 先を越されたよ!
 俺だって、そんな野暮じゃねぇ。
 コイツはココに置いていくぜ! しっかりとやれよ、相棒!」
佐藤という男は右腕で私のアタマを抱き寄せ、左手でアタマをぐしゃぐしゃと掻く。
満面の笑みをその顔に讃えながら。
最後に私の胸をその右拳で「ドンっ」と突くと、コンビニの袋を上がり框の上にドンと置く。

「じゃあな、また来るわ。
 あんじょうやれや。
 今度来る時には、お前の書いた本、俺にもしっかりと読ませろよ!」
そう言うと佐藤という男は、鼻歌を歌いながら、うちの玄関を後にした。

一体、なんだったのだろうか?
まるで台風が駆け抜けていったような男だった。
なにはともあれ、私の家を壊すものではなかったらしい。

だが……、あの男の煙草のニオイ……。
不思議と懐かしい気がした。

コンビニ袋が、どこからか吹いてくる風にカサカサと悲鳴を上げ続けていた。

次の私へ

「なにやっていたんですか!?
 もう、奥さんは分娩室に入りましたよ!」

妻のスマホからの連絡。
それに気づかないほどに作品作りに私は、集中していたのだ。
病院に到着したのは、電話がかかってきてから2時間後だった。

書きはじめると、タイプをする手が止まらない。
私の脳内に浮かび上がる映像を文章にして、記していく。
いま、この脳内に浮かんでいる映像を文字にしてしまわないと、それはどんどん離れて行ってしまう。
だからこそ、どんなに身体が疲労してようとも、私は書く。
そして、その文章や表現を読者さん達は求めてくれている。
私は、このときこそ、もっとも求めていた、「今を生きる」を体現できているのだ。

だが、書くことと、明のことは別物だ。
書くことよりも、明のことが第一優先。
しかも今回は、明だけではない。
私と明の結晶がいるのだ。

執筆が一息つき、スマホで明からの連絡を確認したときには、顔面が蒼白した。
私は、創作という「そんなものの」ために、大切な明と子どもの大変なときに近くにいない。瞬時にアタマに浮かんだのはそんな言葉だった。
創作に没頭していた自分を呪いつつ、急いで外出の支度をする。
……一秒でも早く……、明の傍に私は行かなければ……。

大通りに出てタクシーを拾おうとする。
だが、今日は、日曜日の昼間。
多くの人がタクシー利用をする。
仕方なく、病院に向かって走る。
右脇腹が痛い。
こんなことになるのであれば、定期的な運動をしていればよかった。

数百メートルごとに辺りを見渡し、タクシーの存在を確認する。
こんなときに限って、一台も視界に入らない。
数メートル走ると私の脇をタクシーが走り去る。
「クッそぅ。
 こんなときまで、俺はついていないのか……」
恨み言を吐きながら、病院へ向かう。

病院に到着し、産婦人科に到着すると共に言われたのが冒頭のコトバだ。

―――――――――――――――――――――
「や~ん!
 猿みたい~!
 目がでっかすぎでしょ~! 可愛い~!!」
出産から数時間でこの対応ができるとは、改めて女性というものは、すごいと思う。
私は、明の病室で、生まれてきた子供と面会している。
赤ちゃんとは、本当に赤い。
全身が赤い。
そして、圧倒的に愛おしい。

瞳が圧倒的に明にそっくり。
そして、鼻が私のそれでしかない。

子どもとはこんなにも愛しいモノなのか。
明の瞳には、疲労なんてものが感じられない。
むしろ新しい生命に全力で感動しているようだ。
ある種の高揚感が彼女を包む。

嗚呼、命というものは本当に尊い。
私は、明と生まれてきた子を抱きしめ、あふれる涙を止めることができなかった。

人生とは

「おい、鈴木には連絡入れてんのか~!
 アイツ、有名人なんだろ~?
 俺らみたいなのが会えるのか~?」
うるせぇよ。
お前が、鈴木を語るんじゃあない。
班長が耳障りなだみ声で、悪態をつく。

俺だって、このまえ、久しぶりに鈴木に会ったんだ。
お前みたいな損得勘定でしか動かん奴が、偉そうに何をいう。

久しぶりに会った鈴木は、骨と皮だけの様相だった。
会った瞬間に食い物を口の中に押し込んでやりたい気持ちでいっぱいになったが、その後のコトバで気持ちが変わった。

アイツは、このクソったれなくらいに窮屈な時代の中で、カミさんを手に入れ、そして、自らの作家という夢を勝ち取った。

俺らみたいなゴミのようなヤツでも、希望を持ってイイと言われているような気がした。

ずいぶん昔に、理想を語った女三島由紀夫がいた。
アノときは、社会に、自分に、そして世界に失望していたからこそ、理想論を掲げる姿に虫唾が走った。

だが、今になって思う。
勝手に自分の人生を諦めて、何もしないことを選択しているのは俺たちなのではないか?と。

オトナが、人生を諦め、そして、ただただ漫然と毎日を過ごす。
そんな姿を見る子どもたちにはどう思うだろうか?

俺みたいな、バカでもわかる。
小利口に生き、そして、一回の失敗で人生そのものを投げ打つ。
そんな、ガキどもにしっかりと、
「失敗しても、どうにかなるもんだ」
と、言ってあげるのが俺たちオトナなんじゃあないか。

「あなたは、今を『ちゃんと』生きていますか……?」
あの女三島由紀夫は、閉塞した考えに侵された日本に対して、問いかけをしていたのではないか?
……今なら、そう思う。

「へっへ……、佐藤さんの極西への移籍の話し、鈴木さんが聞いたらびっくりしますよ~。
 ゴミ業界の在り方を変えるって、マジでやりそうっすよね~」
梶がニヤケ顔で言う。
お前だって、役所から引き抜きが来ているって班長から聞いている。
こういうところにも、鈴木の刺激が届いているらしい。

「鈴木や佐藤のおかげで、うちもゴミ業界では、それなりの地位についてきたしなぁ……」
班長が、呟く。
そういうコトバをこれまで、もっと頻繁に伝えるべきだったろう。
だから、離職するニンゲンが絶えないんだよ……。
苦々しく、独り言ちる。

「おっと! ココでしたよね~!
 確か、301号室っすよね~!!」
梶はあからさまに自分の気持ちが抑えられないらしい。
まあ、若いっていうのは、そういうことだ。

「あれ、鍵、空いてるっすよ。
 すみませ~ん。
 しつれいしま~す」
梶が無遠慮にノブを回し、部屋の中に入っていく。
遠目からだが、室内が暗い気がする。

「ひ、ひぃぃ~~~!!!」
梶の声が部屋の奥から聞こえる。
俺は、慌てて部屋に飛び込む。

部屋の中は漆黒に包み込まれている。
私はカーテンを開ける。
夏のこの時期、18時はまだ日がある。

―――――――――――――――――――――
真っ暗な部屋に日が差し込む。
すると、ちゃぶ台に突っ伏す、異常に痩せた一人の男が現れる。

その男の手には、一枚の紙が握られていた。
私は、その紙を抜き取ると書かれている文字を読み上げる。


「大好きだよ。ありがとう」


私はその紙を男の手の中に戻す。

ふと、突っ伏している男の下にあるものに目が留まる。
小学校の頃に憎しみさえ感じた400字詰めの原稿だ。

その男のマクラのように積み上がったその量に驚愕する。

端に書かれていたのは……
「たったひとりの恋物語」という題名だった。

Fin

#創作大賞2024
#お仕事小説部門

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