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たったひとりの恋物語 第6章 キュウカンチョウの世界

第6章 キュウカンチョウの世界

人を死に至らしめる法律の執行

「いや~。このご時世なので、どうかご勘弁をください。
 協力をしたいのは、やまやまなんです。
 どうしたって、今回ばっかりは堪忍いただけませんでしょうか?」
一日の仕事を終え、へとへとになって事務所に戻ると、珍しいことに班長が電話に向かって何度もそのハゲ散らかした頭を下げていた。
同僚たちが会社に備え付けの風呂に向かう中、私は事務所の片隅に設置されているソファーに身体を預け、煙草に火をつける。

「また、厄介事か……」
誰にも聞こえない声でごちる。
最近、私たちのようなゴミに対して、無理難題な注文を付ける奴らが多くなってきている。
隣国発肺炎は未だにその勢力に衰えを感じさせない。
その一方で、私たちのようなゴミに対して投げられる仕事は増えていく。
社会は、まるで「ゴミはゴミらしく、少しでも貢献せよ」と言わんばかりに、命の危険が伴う仕事を提供してくれる。

まあ、願ったり、叶ったりじゃあないか。
陽の元を大手を振って歩けない私たちのような人間を必要としてくれる世界がいま、目の前にある。
ゴミのように扱われてきた私たちが、はじめて得ることができる自己肯定感。
……まあ、死ぬ可能性と引き換えではあるがな。
そんなことを想い、また、ひとり笑みを浮かべる。

「じゃあ、2人だけで、どうか勘弁をしてください!
 うちだって、もう、カツカツなんですから……。
 そして、推薦の件もよろしくお願いしますよ!
 私たちのような弱小が生きていくには……」
どうやら交渉成立らしい。
また、誰かが生贄として捧げられることになるのだろう。
いつまでも終わらないロシアンルーレットに再度、弾を装填したことに班長は気付いているのだろうか……。

煙草を灰皿にこれでもかというくらいに押し付け、消す。
「チッ……。っクダらねぇ……。」
私は、独りごち、風呂に向かう。
その背後に班長からの声が飛ぶ。

「鈴木、頼む。
 助けてくれ。いまのこの状況で、極西からまたあの仕事が……。
 おまえ、何度か手伝ったことあるだろ?
 おまえ、行ってくれないか……?」
その言葉を聞いて、全身に寒気が奔る。
自らの意志とは別に口をついて、コトバが漏れる。
「極西の案件……、だと……」

世界がこんな状況であるにも関わらず、法の執行者というものは、無理難題を突き付けてくる。
それが、「お前たちは、死ね」というものだとしても。

ああ、世界がもっと優しければ、よかったのに……。

―――――――――――――――――――――
「今日はね。
 筑前煮とやらを作ってみたのだよ!
 弘毅が意外と煮もの好きだというコトがわかったからね!」
私の両親が渡米した後、私にはワンルームの賃貸が与えられた。
大学からも徒歩で20分。
近くにスーパーやコンビニもあり、生活には不自由しない立地だ。

そんな大学生の秘密基地を見逃さないのは、この年齢のずる賢さか。

当然のように明は、私の家に入り浸るようになった。
そればかりか、夕食の支度までしてくれる。
私としては嬉しいのだが、その「圧」に気おされる。
そして、明のご両親に対して、申し訳なさを感じる。
実際には、中学のころから会えてはいないのだが……。

「今日も大変だったんでしょ?
 確か、ゼミの研究、大詰めって言ってたもんね。
 本当にいつもお疲れさま!」
明が私の腕を抱きかかえ、部屋の奥へと引っ張っていく。

おい。
お前の大きいそれ。
私をかなりの勢いで圧迫しているが、ワザとか?

そんな思考も瞬間で吹き飛ぶ。
小さな勉強用のテーブルには、白米、みそ汁、筑前煮、ブタの生姜焼きが鎮座する。
世の男性が憧れる幸せのカタチが今、ここにはある。
私は吸い込まれるようにテーブルを明と囲う。

「へっへ~ん!
 弘毅の大好きな生姜焼きだって準備したんだからね~!
 早く食べよ~!」

なんという幸せ。
こんなことをゼミの仲間に話した日には、二度と口をきいてもらえなくなるだろう。
そんなことをうっすらと考えながら、明と一緒に「いただきます!」の声をそろえる。

箸で明の作った筑前煮を口へと運ぶ。
欲張りな私は、ニンジン、鶏肉を一緒につまみ、一気にかぶりつく。
甘いけど、少ししょっぱい。だけど、脂がジュワっと染み出してくる。
一度に三つの味覚に襲われる私の感覚は、既に蕩けそうだ。

自然と笑みがこぼれる。
たて続けに生姜焼きにも手が伸びる。
玉ねぎと豚肉を一緒に掴み、これも口へに押し込む。
生姜の香りだけではない。
これは……、ニンニクの香りか?
程よいバランスに白米をかき込みたくなる衝動に駆られる。

当然のことながら、明が用意した料理を余すところなく、完食していた。
ああ、これを幸せと言わず、なんと言うのだろうか?
胃袋を掴まれるとはこういうことなのかと、満腹になって緩くなったアタマで私は、考える。

食事を済ませ、そのまま、後ろに倒れ込む私は、その疲れから、もう思考が薄くなっている。
「ああ、父や母について海外に行かなくてよかった……」
そんなことを小声で呟くと、流しに食器をもっていく途中の明が私の耳元で呟く。

「ようやく、この状況で二人になれたのに……。
 これで満足しちゃって、イイの……?」
明は、小悪魔的に「クスっ」と、笑ったのだ。

恐怖はいつの頃からか麻痺をする

「というのが、今日の仕事です。
 少しでもわからないことがあったら、極西のニンゲンに聞いてください。
 絶対に、自己判断だけはしないでください。
 後は、適度に休憩も取りつつ、さっさと終わらせましょう!
 じゃあ、今日はよろしくです」
極西のリーダーが一通りの説明の後、激を飛ばす。

私は、これまでの2年間の間、この現場協力に既に3回参加している。
極西のリーダーからも顔を覚えてもらているらしく、最初に簡単な労いのコトバももらった。
普通では考えられないような現場なのだが、これが結構、報酬がイイ。
だが、隣国発肺炎が蔓延する中でこれが行われるとは思ってもみなかった。
まったく、アイツらはアタマがどうかしていやがる。

40歳前後のリーダーは見るからにイケメン。
実年齢よりも15歳は若く見える。
多分、私生活では相当モテるのだろう。
なにも、こんな仕事をしなくてもお前には他の仕事があるだろう。
そんな無体な考えを巡らせる。
まあ、アイツもなんらかの「ワケアリ」なのだろうが……。
そんなことを考えていると、背後から声がする。
その声が、極西のリーダに投げられたモノだとわかり、私は一歩、引き下がる。

「ああ、いつも悪いねぇ。こんなときだってのに助かるよ。
 まあ、法律で決まっているから、私らだってどうにもできないんだよ。
 君たちのおかげで、国民は助かっているんだよ~」
30代後半だろうか?
見るからにアトピーが悪化している薄赤黒い顔に眼鏡のオトコ。
話をする際に向かって右斜め上に顔を上げ、見下すような目線をむけるそいつの姿に吐き気を覚える。

ワイシャツの上に、アイロンがかかっているのではないかと思うほどシワの無い作業着を着こんだこのオトコは、国だか、県だかのお役人。
ゴミの担当だとかいっては、定期的にこの仕事を極西へ発注する。
極西のリーダーへの態度もゴミを見るかのようだ。
「あぁ……、典型的なクズ野郎だな……」
私は喉元まで出かかったコトバを無理やりに嚥下する。

コイツ等は、結局のところ、私たちの命をゴミのようにしか考えていない……。

―――――――――――――――――――――
私たちは極西から仕事の協力依頼を受けた。
極西の社員だけでは、人数的にも時間的にも間に合わない仕事だ。
これまでの状況であれば、「特別ボーナス」として受けることもできたのだが、今回は違う。
まさに命を懸けた仕事だ。

極西は、同じゴミに関する仕事をしている。
しかし、私たち「極東清掃」のように収集に特化しているのではない。
いわゆる幅広く事業展開をしているのだ。

現社長の手腕もあり、各方面に広げられた事業は驚くほどの収益を上げ、ゴミ業界では有名企業へと成長している。
その極西からの依頼だからこそ、私たちのような中小企業はその依頼をなおさらに断ることができない。
断ってしまった時点で、この業界での立ち位置が失われてしまうと言っても過言ではない。

だが……、今回の仕事だけは、班長に断って欲しかった……。

極西は、定期的に国や自治体からの仕事を受けている。
それだけゴミ業界では、大きな会社なのだ。
国家・自治体事業のため、資金の取りっパグれもなく、むしろ大幅に吹っ掛けることだってできる。
気に入られ、寵愛を受けることが出来てしまえば、後の会社運営は勝ちゲーとなるだろう。

そのうちの一つの仕事の内容がこれだ。
「ゴミの全袋開放検査」
国民、県民、市民からランダムで集められたゴミを一袋ずつ開けていき、その内容物を丁寧に分類していく。
紙類、プラ類、金属類、ゴム類、厨芥(ちゅうかい:生ごみ)類、草木類などなど……、これらを分類し、重量を測り、その比率を計算するというものだ。

なぜ、そんなことをするって?
「国民がきちんと分別を行っているかをチェックするため」だ。
まあ、アイツらの言い方をすれば、
「自分たちが作った政策を国民がきちんと守っているかを確認するため」
だ。
なんとも傲慢な検査なのだと毎回参加する度、吐き気をもよおす。
コイツ等にとっては、国民さえもただのペットや監視対象でしかないのだ。

そして、私たちゴミのような人間に、国民のゴミの分別状態のチェックをさせる。
なんともきれいな階級社会ではないか。
ヒンズー教の階級社会さながらのモノが、日本にも構築されており、運営されているなんて、多くのニンゲンが知るわけがない。
なんと滑稽なことか。

さらには、このご時世だ。
もちろん感染者の吐しゃ物が、ゴミの中にも含まれている可能性がある。
いや、吐しゃ物でなくとも、感染者の痰を含んだティッシュだって多いだろう。
もちろん、感染者の排泄物だってあってもおかしくない。

そんなものが含まれるゴミを全袋開放するだと?
つまり、私たちに「国民のために、私(官僚)たちのために、感染し、死ね」と言っているようなものではないか。

極西も本意ではないのはわかっている。
それはあのリーダーの手の震えからも感じ取れる。
あまりにも理不尽。

私たちは、この社会の階級を、そして、自分たちの命がゴミ以下であることを再度、思い知らされたのだ。

バクダンとの遭遇

「……というコトで、私の発表を終わらせていただきます」
同時に多くの拍手が会場に湧き上がる。
なんという、爽快感。
こんなにも多くの人に認められるというのは、こんなにもキモチがイイものだとは思ってもいなかった。
約500人が入る大学の講堂。
ほぼすべての席が埋め尽くされる中、中央の舞台に私は立っている。

「微小生物学会」
私はそこで、ある論文を発表していた。
大学の研究室で数年間続けてきた調査・研究の末、新種の昆虫を発見したのだ。
その昆虫は陸でも淡水中でも呼吸し、生活ができる。
生物の進化を表す系統樹において両性類よりも上位の生物であれば、そのような生物は一部で見られるものの、昆虫での発見ははじめてであった。

その存在はチラホラと噂されていたのだが、非常に動きが早く、様々な条件を満たす限られた場所にしか生存ないと言われていたため、河童などの空想上の昆虫とされていた。
今回、私は明と一緒に行った夏休みを利用したバカンスでの青ヶ島で、コイツを見つけたのだ。
研究柄、サンプル瓶をいつも持ち歩いていたため、すぐに捕獲。
嫌がる明を尻目に、翌日には東京に戻り早速に研究をはじめた。

両生類や爬虫類にも水陸に生活基盤をもつ生物はある程度いるが、研究にはその個体の大きさや生活環(一生の長さ)を加味すると、時間がかかる。
一方、昆虫の身体は小さく、生活環は短い。
さらに個体数が多い。
だからこそ、研究対処としては適しているのだ。

陸生、水生を生きる生物の、生態的構造を完全に解析し、理解をすることができれば、ニンゲンの生息圏の拡大にもつながる。
人口爆発が叫ばれる昨今では、陸上での生活だけでは間に合わない。
そこに新たなる一手を与えてくれるのが、これらの生物の生体構造なのだ。

「ふぅ‥‥‥。終わった……」
私はここ数カ月の重責が肩から降りるのを感じ、軽く嘆息する。
最近では、明の話を聞くことすらできていなかった。
それはある意味、私にとってのストレスでもあった。
しかし、やるべきことをきっちりと終わらせなければ、成果を上げなければならない。
そんな他者への気遣いにアタフタとする私は、私と言えるのだろうか?

「鈴木君。おめでとう。
 これで君の助教入りが確定したね。
 私も嬉しいよ。今後とも我が校の発展のためにも一緒に邁進していこう」
満面の笑みをたたえた学部長が近づいてくる。
その笑みの中に下卑た何かを感じてしまうのは、私だけだろうか?

「ありがとうございます。
 ここまで来れたのは教授のおかげです。
 そして、今回の論文を発表できたのも……。
 本当にありがとうございます」
自分で言っていて吐き気がする。

今回の論文発表の一番オイシイところは、コイツが持っていっている。
この後に続く、自分の発表でそれを公表する。
その論文も私が書いたものなのだが。
大学生にも関わらず、この社会のくだらない裏側を学べたと思えば、幸いなのかもしれないと心の内でごちる。

「まあまあ、そんなに低頭しなくてもイイじゃないか。
 これからは、私たちがこの学校を、この学部をより発展させていくんだから……」
学部長は、その右手を私の肩に置き、イヤらしく揉み込む。
その口端を卑猥にゆがめながら。

「学部長、その件に関してなんですが……」
私が口を開こうとすると、聞きなれたアノ声で呼ばれる。

「弘毅~! お疲れさま~!
 よく頑張ったね~! 会場がすっごく盛り上がってたよ~。
 私の隣に座っていた人なんてねぇ、あの子は将来……」
明が全力で駆け寄ってきたことがわかる。
タイミングが悪く、そして空気が読めない。
まあ、今日はある意味いいタイミングなのかもしれないが。

「あ……、学部長。
 いつも弘毅がお世話になっています。
 そして、学会賞の受賞おめでとうございます」
明は慇懃にアタマを下げ、祝辞を述べる。
「こんなヤツにそんな言葉を送る必要はない」と、私はココロの中で明を諫める。

「あぁ、英文学科の田中君だったね。
 君の噂も聞いているよ。
 若いのにシェイクスピアについての新解釈の論文も出したそうじゃあないか。
 学部長会でも随分、噂になっていたよ。英文学科に20年ぶりに現れた新星だってね。
 そうかぁ……。君が鈴木君とねぇ……」
その目がイヤらしく、明を舐めまわす。
私は、その視線を遮るかのように学部長と明の間に滑り込むように立ち、言う。

「学部長。
 私は、田中と一緒に昼食に行ってきます。
 午後は、後輩のポスターの手伝いに回ります。
 今夜のパーティーでは、お時間を見て、今後の方針について詳細に詰めさせてください。
 なによりも、学会賞、おめでとうございます」
私は深々とアタマを下げると、明の手を取り、その場を立ち去る。
これ以上、下卑た視線に明を晒していたくはない。
そして、明には、こんなキタナイ、私を知ってほしくない……。

「ちょっと! 弘毅、痛いよ!」
明のそんな言葉さえ、今の私には届かない……。

―――――――――――――――――――――
「うおぉぉあぁあぁ~~~~!!」
その声で我に返る。
破袋し、目の前に散乱するゴミを無意識、無気力に分類している私は、強制的に現実に引き戻される。

「す、す、鈴木さん!! これ、これ……、もう、俺、イヤですよ!!」
右隣に座りゴミを分類している梶のその手に握られていたのは、20㎝ほどのプラスチックの棒だった。

#創作大賞2024
#お仕事小説部門


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