MIMMIのサーガあるいは年代記 ―71―
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第 五 章
ー そういうこと なんや ー
「お婆さま。それで、桃子が疑問に思ってたことを教えて。小型核兵器って本当に持っていたの? 起爆させるつもりだったの?」
中部僻地山岳地帯にある小さな病院で、桃子がお婆さんに訊ねました。エリカやメキシコ人たちもここで治療を受け始めて十日になります。筆頭秘書の天野が、外資投資会社の名義で急遽買収した、人目につかない田舎の総合病院に隠れ潜んでいているのでした。
また天野は、「新ピンカートン探偵社」の社員と、イギリスの民間軍事会社の社員を、病院の周囲や交通の結節点に密かに配置していて、用心怠りなかったことは云うまでもありません。少なくとも数週間は、ここで安全に隠れて療養することができるはずです。
重篤だったゴンザレスも一命を取り留め回復に向かっています。仲間内で彼は、不死身のゴンザレスという新しい二つ名を賜っていました。
蛸薬師小路家を襲った傭兵部隊の指揮官で、桃子が寝返りさせたコードネーム「パープルスワロー」ことベンジャミンと、フランスパンの丘で、同じく桃子が捕虜にして寝返らせたロシア人傭兵通称イワンもここの地下倉庫に軟禁されていました。
イワンは、設立予定の民間軍事会社のC.E.O、ベンジャミンは社外取締役に就任するという美味しい約束で、彼女は二人を寝返らせたのですが、まだ完全に信頼していないので、軟禁して様子を眺めているのでした。
というわけで、二人は高カロリーの食事と雑談以外にはすることがなかったのです
桃子とお婆さんは、あの烈しい死闘のショックから立ち直り、無数の小傷も癒えるとベランダに座り語り合う時間が長くなりました。テレビとラジオを受信していますが、ネットなどのIT機器の使用は、追跡される危険があるので使えません。かといって、屋外に出て身をさらす事もできません。
何しろ二人を始めエリカやメキシコ人たちは、対外的には全員死亡したことになっているのですから。
二人は、あの夜の行動など互いに知らないことを説明しています。謎ときです。
桃子にとって最大の疑問が、トランク型小型核兵器の存在でした。
「あるとも、ないともいえない。ないかもしれないし、実はあるのかも知れないってことにしておきましょう」
彼女は表情もかえずに、「それが国内の核兵器の威力になるのよ」と、付け加えました。
「本当のとこはどうなの?」
「ゴーストの正体を暴いてもあまり意味がないのよ。幽霊は幽霊のまま、妖怪は妖怪のままでいることに意味があるの。そもそも核兵器なんて、使えない兵器でもあるし……。そのうち国防軍や警察が結論をだすでしょうね。人口の半分くらいは信じないとおもうけど……」
二人のひとときの沈黙を埋めて、渓谷の対岸からヒグラシの鳴き声が姦しく届いていました。夏の終わりを告げるちぎれ雲が、向かいの杉山に影を落とします。
桃子は、ほかにも唐突にジェット戦闘機が飛来、示威行動をして窮地を救ってくれたいきさつや、国防軍がすぐに介入しなかった理由など、さまざまな質問をしました。この二点については、お婆さんもよく分かりませんでした。
ですから、例によって『稲生家日次記』と、物語風に書かれた『味噌味行状始末記』から、その概要を引用して謎を解いておきます。
⁂
ベンジャミンが指揮する傭兵部隊を威嚇し、桃子をはじめとする蛸薬師小路家を救った戦闘機は、国籍マークと部隊標識、機体番号を消していたが、正体は同盟国の空軍駐留部隊のF-15EXⅢだった。西太平洋方面艦隊最高司令官(駐留陸・空・海兵部隊の指揮権も有する)は、夜間対地支援訓練という名目で、出動した。
一方、国の公式発表では所属不明機として一切のコメントを峻拒している。
なぜ、出動したか。
答は、東京に潜んでいたお爺さんが、残り少なくなった影響力を極限まで行使した結果である。
政府と国防軍をいくら脅しても宥めても、ひたすらのらりくらりと動員すらもしようとしないので、しかたなく駐留軍に頼った。
西太平洋方面艦隊最高司令官、参謀長や空軍司令官たち最高幹部の個人的スキャンダルを匂わせる一方、退役後の本国政界進出に必要な資金援助と政界有力者への仲介を申し出る、という鞭と餌をちらつかせた結果である。
もちろん搦め手として、彼らの妻たちや子供たちに非常に高額なプレゼントをばらまくという気遣いも、お爺さんは忘れてはいなかった。
では、なぜ政府は内戦に等しいこの戦闘を中止させるために、国防軍の早期投入しなかったのか。政府の対応があのように遅れたのか。
この答えは簡単である。
政府中枢部だけでなく政・官・財・マスコミの重要人物のスキャンダル(醜聞)を握り、また多額の買収をしている闇のフィクサーであるお爺さんは、このごろ影響力が衰えたとはいえ、彼らにとっては目の上の悪性腫瘍であり続けた。お爺さん、ひいては蛸薬師小路一家が滅亡するのは願ってもない好機だった。
直接手を汚すこと無く正体不明の”テロリスト集団”に族滅されるのを待っていればいいのだから。そのために国民から統治能力への信頼が揺らぐという問題があっても、彼らエスタブリッシュメント個々人にとっては、有り余るメリットだったのである。だから、直接介入を控えたのは事実である。
しかし、他にも原因はあった。
(続きますぇ)