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3月から10月のふりかえり|終わりを決めて始めるのは大事
8ヶ月間をまとめて一気にふりかえります。
3月◯日
出張先の大阪で、エリセの「瞳をとじて」を観る。初めて自分が「みつばちのささやき」を観た20代以降の数十年間がスクリーンの向こうから一緒に押し寄せてくるような体験で、「こんな映画のつくり方があるんだ…」と驚く。
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初老の脳外科医が「カルテの記録が人生のすべてではない」「記憶はとても重要です」と語り、その記憶を失ったフリオについて、「〝生きている〟と感じるか?ときくと彼は黙っていた。そして、意味がわからないと言った」と語る場面がある。
記憶を失って、知らない世界におろされた子どものように不安げな高齢の男。映画自体もその中にまた別の映画がある入れ子構造で、幾重にも重層的。東京に戻ってまた観た。
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3月◯日
山口祐加さんの紹介で永井玲衣さんを招き、葉山で「哲学対話」を体験した。
永井さんのファシリテーションは年に何十回もやっている人のそれ、という感じでまったく過不足がなく、素敵な安心感があった。
かつ、彼女が話すと(参加メンバーの中で普通に手をあげて語る)絵の輪郭がハッキリするような作用があって、そのあと場の位相がすこし変わるのが面白い。またお願いします。
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この月に観た映画「夜明けのすべて」も素晴らしい一作だった。10代の頃、好きな同じ曲を何度も聴き、同じマンガを何度も読み返していたように、自分が「いい」と感じるものにはくり返し何度も浸りたい。
4月◯日
映画「CIVIL WAR」の記事を読み、関連記事で「関心領域」の公開を知る。社会の至るところでアラートが鳴っている。井の頭線の車内で「今年も知床半島で遊覧船が運航開始」という動画ニュースを目にする。
劇場で映画を観ていると、ときおりロビーの方で短く非常ベルが鳴る。けど「なにかの間違いだろ」と気にとめずに映画を見つづける。ところが次第にベルの間隔が短くなり鳴りも長くなって、「…ちょっと大丈夫?」と不安げに周囲を見回す観客の姿が目立ってきた。社会がそんなふうになって長い。
5月◯日
GWをはさんで約3週間、4つのワークショップで遠野に滞在。滞在中に季節がどんどん進んでゆく様子が植物を通じてわかる。
なんとすごい、なんとすごい季節でしょう。
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逐語録のケーススタディで進める「インタビューのワークショップ」の別編が、面白くてしょうがない。
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知識や価値観を破棄して思考をリセットすることが大事、アンラーン(unlearn)が大事、という声をよく耳にするようになったが、新しい別のことに取り組まなくても、つまり同じことでも、より精度を上げて正確に見てゆけばいくらでもその中で学び直すことができる、という体験をしている。
5月◯日
アソブロックの団さん等と準備してきた「RHRB」という活動が、まずワンナイトのオープンレクチャーという形で始まった。
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その後この取り組みは、3社の経営者や経営企画層を交えたゼミになり、数回のセッションを経て9月上旬にシーズン1を終えた。
自社の悩みや困り事について、別の会社の同じようなポジションの人が真剣かつ親身に考え合うスタジオのような時空間になった。あの空気感はいい。
『自分の仕事をつくる』などの何冊かの本も「インタビューのワークショップ」のような場も、基本的に「個人」にフォーカスしてきたが、組織やグループ、あるいは「会社」というものに取り組まないとな…という気持ちが明確にある。
6月◯日
大阪の仕事で天満橋の定宿へ。お店や宿の人に「お帰りなさい」と言われるのが苦手なのは、言葉に追い越される感じがするから。関係の実質と釣り合いの取れた言葉を、その都度くちにすればいいのに。
宿のカウンターにはいつものスタッフさんがいた。入ってきた私に気付いて顔を上げ、「あ」と言い、笑った。
7月◯日
神宮外苑の並木道は、葉の隙間の形や大きさと地面との距離(樹高)がちょうどいいようで、太陽の形をした「こもれび」がきれいに観察できる。
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再開発の件はもっぱら都政や三井不動産の問題として取り上げられているが、もとを辿れば神社本庁の問題であり、さらに神社の経営を追い詰めてきた国政の問題だろう。なぜ国はシラっとしているんですかー、と言いたい。
このころフランス革命に関心が湧いて、何日かに渡って「COTEN RADIO」のフランス革命編を聴いた。いまごろ知るCOTENの面白さ。BGMにも慣れた。(以後6年遅れで頭から聴き始めて、いま「性の歴史」編を通過中|12月末)
8月◯日
7月下旬にお亡くなりになった乾聡一郎さんの家を訪ねて奈良へ。「お別れ週間」という名前で、つながりのある人が彼の書庫を訪れる機会を、ご家族がつくってくれた。
部屋は何列もの本棚と本とCDで埋め尽くされていた。大きな街のよう。無数の路地があり、覗くと、家や店のように並ぶたくさんの本が見える。
窓に面した机の上に、訪れた人がなにか書き残せる大判のメモ帳が置かれていた。私が足を運んだのは最後の頃で、彼が高校で働いていた時期の教え子さんが書き残したページがたくさんあった。慕う気持ちが伝わってきて嬉しい。図書館にいた彼とまた違う彼の姿を教えてくれる。
「先生の世界の授業が大好きでした。50分の時間のうち、もう20分もすぎてしまったと名残惜しく授業を受けたのは、後にも先にもあの1年間だけです」
2009〜11年まで奈良県立図書情報館で開催された「自分の仕事を考える3日間」は、私にとって大事な出会いをいくつも生んでくれたし、あの場から自分の道を歩いてゆく力を得た人も多かったはずだ。「奈良に参加していました(笑)」と話しかけてくれる素敵な人たちに、各地で会ってきた。
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乾さんは星になった。ひとが星になるというのは、夜空の同じ場所に確認できるもの。方角を知る手がかりになるもの。見上げた人の心にとどく光になることだなと思う。おつかれさまです。ありがとうございました。
8月◯日
今年の大きな取り組みの一つが、「駒沢の生活史」という小さな取り組み。つまり岸政彦さんの『東京の生活史』のスモールタウン版を、駒沢大学駅を中心としたローカルエリアで試みている。
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予想では、聞き手で参加する人にも、話し手にも、読む人たちにも、『東京の生活史』とかなり違った体験になるはずで、でもそれは数ヶ月後に原稿が揃ってみないとはっきりしない。
定員30名のところ60名のお申込みがあり、サイコロを転がすなどして40名に絞り7月にキックオフした。
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以後「生活史の聞き方」、8月末に「生活史の書き方」という各半日の講座をワイワイやって、この先はそれぞれの個人作業がつづく。
たぶんホノルルマラソンのような長距離走イベントと似ていて、スタートは同じでも、ゴールのタイミングには大きく幅ができる。今年の秋から冬の頃、少しづつ浮かんでくる40本の原稿を通じて、「駒沢の生活史」とはなにか?ということを私たちも事後的に知る。非常に楽しみ。
9月◯日
「Little Nap COFFEE」の前を通りがかると店の中から呼び止められて、他3名と寛いでいたルヴァンの甲田幹夫さんと話し込んだ。
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「どんな街に住みたい?」と訊かれたら、いい図書館があるとか、いいパン屋さんがあるとかでもなく、好きな人の多い街だと答える。
9月◯日
コロナ禍を挟んで10年(全10回)つづけてきた「箱根山学校」がついに最終回をむかえた。なにが出来るようになるとか、どんなものが得られるといったことを一切うたわない「学校」に、途切れることなく人が集まり、満足げに帰ってゆく様子を十分に眺めてきた。
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「年に一回、10年間」というフレームは計測装置としてよかった。陸前高田の街、広田湾の景色、地元の方々の営み、参加者の人生や自分のそれの変化もよく見えたし、互いに励みになったなあ。
終わりを決めて始めるのは大事なポイントだと思う。終わると始まるものが必ずあるので、まず最初にリミットを設定して、あとは「やる」ことに意識とエネルギーを全投入するのがいい。
10月◯日
今年いちばん面白かった仕事の一つは、モノサスの真鍋太一さんと一緒に進めた、「山と道」というウルトラライトハイキング(UL Hike)の会社の支援業務一式だ。
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その前駆は一年半前に遡るけど省略して、まず3月から「円卓レク」という、社外ゲストを交えた半日の勉強会づくりに着手。
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これを何度か重ねた先で10月に「大談円」(命名は「山と道」代表の夏目彰さん)という丸一日のオールスタッフミーティングを開き、各地の拠点から集まった今どきの山男・山女がワイワイ語り合いながら、会社の新しい船出を掴んでゆくプロセスを設計&ファシリテートした。
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私はこういうのが得意だし、好物なんだなと思う。プロセスメイキングというか。自分もその中に入って一緒に冒険をしながら、世界の見え方がすこし変わるところまで移動してゆくのが好きなんだな。
で、見え方が変わるというのは事実認識が変わるわけで、当然行動変容が伴う。
10月◯日
翌日から穂高養生園に滞在して3つのワークショップ。3月に大阪駅の商業施設でご一緒した担当者さんが終了後「今度ワークショップに行きます!」と話していたけど、本当に来てびっくりした。社交で口にしていたわけじゃなかったんだ。
養生園で年に一度ワークショップを開いているのは、代表の福田俊作さんや旧知のスタッフの元気な姿、最前線の様子を確かめたいという動機が大きい。
「もう雪は降ったかな」とか「みんな元気にしているかな」と思い浮かべることが出来る場所がいくつかあるのは、自分の人生の豊かさだなと思う。いろんな富の形があります。