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【あらすじ】杉咲花と安田顕が圧巻!映画『朽ちないサクラ』(原廣利)は「正義の難しさ」を描く(原作:柚月裕子)

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映画『朽ちないサクラ』はとにかく、杉咲花と安田顕の演技が圧巻だった!さらに、本作の物語が突きつける「正義とは何か?」という問いかけも実に興味深い

本作『朽ちないサクラ』に関してはやはり、何よりもまず杉咲花の素晴らしさに脱帽させられた。特別彼女のファンのつもりはないのだが、ここ最近は特に、杉咲花が出ている映画は「観よう」という気になる。他にも、古川琴音や河合優実など、「この人が出ていたら観てしまう」みたいな役者はいるが、杉咲花もそんな1人である。少し前に観た映画『52ヘルツのクジラたち』もそうだったのだが、本作もやはり、「杉咲花を観に映画館へ行った」と言っていいだろう。

また本作においては、安田顕も素晴らしかった。良い役者だとはもちろん知っていたけれども、本作ではかなり難しい役どころを演じており、「彼の演技によって作品が成立するかどうか決まる」と言ってもいいように思う。そして安田顕は、冒頭から何とも言えない絶妙な雰囲気を醸し出しており、見事に作品を成立させていたと私には感じられた。

物語だけを取り出せば「地味」な作品かもしれない。しかし、中心を貫く「正義」というテーマの重厚さ、そして役者たちの見事な演技に支えられ、実に骨太な作品に仕上がっていると私は思う。

「トロッコ問題」的な状況を扱うことで「正義の難しさ」を浮き彫りにする物語

さて、なるべくネタバレにならないように内容に触れていくつもりだが、本作では物語の底流の部分で、哲学の世界でよく知られている「トロッコ問題」に似たような状況が扱われている。詳しい内容については是非ネットで調べてほしいが、本質的な部分だけを取り出せば、「5人を救うためなら、1人を死なせることは許されるか?」というような問いだ。

「トロッコ問題」についは哲学の世界でもはっきりとした結論が出ているわけではなく、「このような状況を想定してみることで、『正義』について考えてみましょう」という例題としてよく使われている。だから我々は自分なりの答えを導くしかない。私が初めて「トロッコ問題」を知った時には、「5人が助かるのなら、1人を死なせるのも仕方ない」という感覚になったような気がする。問題の設定として、「全員が助かることはない」というのが大前提なので、だったら「5人死ぬ」より「1人死ぬ」方がマシだろうと考えたのだと思う。そしてそのような感覚は今も変わらない。やはり、「全員が助からないのなら、犠牲者数が少ない方が良い」というのが、自然と言えば自然な発想ではないかと思う。

ただ、本作を観終えた後で同じ問いについて考えると、それまでの感覚を捨てざるを得なくなる。特に、主人公・森口泉(杉咲花)の立場で考えればなおさらだ。彼女と同じ状況に置かれれば私も、「5人を救うためなら、1人を死なせるのも仕方ない」などとはとてもじゃないけど言えないと思う。

このように、「正義」というのは簡単には捉えられない。「正義のヒーロー」みたいに使う場合、「正義」というのは割とシンプルな概念だと思うが、世の中はそんな分かりやすく出来てはいないのだ。誰がどこから見るかによって「正義」は変わるものだし、となれば「すべての人が納得できる正義」など存在するはずもないだろう。

しかしそれでも、私を含めたごく一般的な市民は「『正義』の側にいたい」と考えているだろうし、そういう振る舞いを心がけてもいると思う。それはもちろん、本作の登場人物たちにしても同じだろう。しかしやはり、「正義」の捉え方が異なるために、「正義」を希求する者同士の行動がぶつかり、軋轢が生まれ、犠牲が出てしまうのだ。本当に難しいなと思う。

だから私は、「逃げ」だと自覚した上で書くが、「そのような問いを突きつけられるような状況に直面しない生き方をしよう」と考えている。「戦争」のような大きなものから、「自殺幇助」みたいな比較的身近に起こり得ることまで、「正義の難しさ」が突きつけられる状況は様々に想定できるが、「出来うる限りそのような状況からは離れていよう」と考えているというわけだ。

だから私には、「そのような状況から逃げずに闘っている者たち」に言えることなど何もない。どれだけ彼らの決断・行動に違和感を覚えようとも、それを批判できるような土俵に立ってはいないのだ。そしてだからこそ私は、本作のラストシーンにグッときた。何故なら、泉がしたある決断は、まさに「私も逃げずに闘う」という宣言そのものだったからだ。

本作はそんな、物語全体に通底する「正義」を巡るやりとりが、とても印象的な作品だった。

さて、そろそろ内容を紹介しようと思うが、先に1点だけ。公式HPでは、映画の後半の内容にまで踏み込んだ内容紹介がされている。ただ私は普段から、「自分なりのネタバレ基準」に沿って記事を書くことにしているので、以下では「物語がどのように始まっていくか」という冒頭部分にしか触れない。もっと先の展開まで知りたいという方は、公式HPを読んでほしい。

映画『朽ちないサクラ』の内容紹介

愛知県警広報課で事務職として働く森口泉は、今朝から鳴りっぱなしの電話に一抹の不安を覚えていた。「この状況はもしかしたら、自分が招いてしまったのかもしれない」と考えていたのだ。しかしそうだとしたら、親友であり、米崎新聞の記者でもある津村千佳が約束を破ったことになる。それは万が一にも信じたくない想像なのだが、しかし……。

その少し前から、愛知県警は平井中央署の不手際への対応に追われていた。女子大生が度重なるストーカー被害に遭った末に神職の男に殺害されたのだが、生活安全課の辺見巡査長が、女性からの被害届を受理せず先延ばしにしていたことが明らかになったのだ。これだけでも既に大問題だが、さらに追い打ちをかけるような情報が出回った。被害届を受理せずにいた期間は慰安旅行中だったことがすっぱ抜かれたのだ。このネタは米崎新聞の単独スクープだった。

そして米崎新聞がその記事を出す少し前、泉は千佳と会っており、その際に慰安旅行の話をしてしまっていたのである。泉は生活安全課の磯川と仲が良く、「彼から慰安旅行のお土産をもらった」という話をしたところ、察しの良い千佳が状況を理解したというわけだ。

しかし、そんな情報が泉から漏れたと知られたらマズい。泉はただでさえ行政職員であり、一緒に働く警察官と比べて立場が低いのである。だから千佳に「記事にはしないで」と頼んだ。そして、昔から嘘をつかなかった千佳が「分かった」と言ってくれたので、泉は安心していたのである。

そんなことがあった直後のスクープだったこともあり、泉はやはり悪い想像をしてしまった。千佳が約束を破って記事にしたのではないかという疑いがどうしても消えなかったのだ。そのため千佳を呼び出して話を聞いてみることにしたのだが、千佳は「絶対に私じゃない」と言い張る。結局、話し合いは平行線のまま気まずく終わった。そして千佳は去り際に、「疑いは絶対に晴らすから、その時は謝ってよ」と言って車に乗り込んだのである。

その1週間後のことだった。千佳の死体が川底から発見されたのは。泉は当然こう考えた。自分のせいで、千佳は命を落としたのだと。そこで泉は、刑事ではないにも拘らず独自に調査を始めることに決めた。磯川に手伝ってもらいながら、気になる情報を洗っていったのだが……。

杉咲花と安田顕が圧倒的に素晴らしかった

冒頭でも書いた通り、杉咲花と安田顕がとにかく素晴らしかった。上記の内容紹介では、安田顕がどんな役を演じたのかについては一切触れなかったが、彼が演じた富樫隆幸は広報課の課長で、泉の直属の上司である。本作では、捜査のイロハも知らない泉を陰ながらサポートする役として登場していた。

杉咲花に関しては、『法廷遊戯』『市子』『52ヘルツのクジラたち』と、私はこのところ彼女の出演作をよく観ているのだが、本作を含めて、彼女が演じる役どころは、「絶望を背負った笑わない人物」であることが多いように思う。そして、そんな役柄を演じさせたら、杉咲花は最強だ。物語世界の中で、杉咲花(が演じる役)が“笑っている”姿を、ほとんど見ることがない気がする。圧倒的な不幸を体現する杉咲花の存在感は、ちょっと凄まじいものがあるなと思う。

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