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【闘争】映画『あのこと』が描く、中絶が禁止だった時代と、望まぬ妊娠における圧倒的な「男の不在」
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中絶が禁止されていた時代のフランスを舞台にした映画『あのこと』は、圧倒的に「男が観るべき作品」である
映画『あのこと』は、「望まぬ妊娠をした女性が、法律で禁じられている中絶をするために奮闘する」という内容の作品だ。それだけ聞くと、「女性のための物語」だと感じるかもしれない。しかし本作は間違いなく「男が観るべき映画」だと私は感じた。何故なら、本作で最も強く描かれているのは、「望まぬ妊娠における、圧倒的な『男の不在』」だからだ。
また、映画の舞台は1960年代のフランスなのだが、本作は現代にも通ずる物語だと言える。例えば、アメリカでは2022年に、「1973年の最高裁による『中絶は女性の権利である』という判断が覆される」という驚くべき事態が発生した。これにより、「中絶禁止」に動く州が出始めているそうだ。あるいは日本では最近、ようやく「『緊急避妊薬を医師の処方箋無しで買う』という実証実験が行われる」と報じられた。諸外国では既に、医師の処方箋無しに緊急避妊薬を購入出来るのだが、日本ではまだそのような体制が整っていないのである。
だから本作を観る際は、「男が観るべき作品」であり、「現代の物語」でもあるのだと強く認識する必要があると感じた。
シンプルだが圧倒されてしまう物語
こんな風に書くと誤解されるかもしれないが、映画『あのこと』は「とてもシンプルな物語」だ。先ほど触れた通り、映画で描かれているのは「望まぬ妊娠をした女性が、法律で禁じられている中絶をするために奮闘する姿」であり、そしてほぼそれしか描かれていないと言っていい。単に「物語」という捉え方をするなら、これほどシンプルな物語もなかなか無いだろう。
しかし映画を観て、私は圧倒されてしまった。全然「シンプル」なんかじゃない。ずしんとした何かを持たされたような重苦しさが、最初から最後までずっと続いている感じだった。
もしかすると、そんな風に感じるのは「私が男だから」かもしれない。「望まぬ妊娠」や「中絶」に限る話ではないが、やはり「女性しか経験し得ないこと」に対する想像力を持つことはなかなか難しい。そしてもしかしたら、それ故の「衝撃」なのかもしれないとも思う。
女性がこの映画をどんな風に観るのか分からないが、「衝撃」を受けるとしても、きっとそれは、私が感じたのとはまた異なるのだろう。女性だってもちろん、すべての人が「望まぬ妊娠」や「中絶」を経験しているわけではないが、それでも、人生のどこかのタイミングで「もし自分に起こったら」という想像をしていてもおかしくないと思う。しかし男の場合には、「そうさせてしまう」という想像をすることはあっても、「望まぬ妊娠」や「中絶」そのものをイメージすることは難しい。だから恐らく、女性が受けるだろう「衝撃」に加えてさらに、「想像力の欠如」からもたらされる「衝撃」も加わっているのではないかと感じた。
そんなわけで、男である私が主人公アンヌの決断や葛藤などについてあれこれ言語化したところで、意味があるとは思えない。なので、彼女がどのような葛藤を経て最終的な決断に至ったのか、そしてそうなるまでにどんな「痛み」を感じ続けたのかについては、是非映画を観てほしいと思う。
描かれないからこそ強調されていると言える、「『望まぬ妊娠』における、圧倒的な『男の不在』」
映画『あのこと』を観ながら私は、映画『17歳の瞳に映る世界』のことを思い出した。もちろんこの連想には、「『望まぬ妊娠』『中絶』という共通のテーマがある」という分かりやすい側面もある。しかし決してそれだけではない。どちらの映画でも共通して「『男の不在』が強調されている」のだ。
私のイメージでは、「望まぬ妊娠」「中絶」が扱われる作品の場合、「妊娠させた男」のことも大抵描かれるはずだと思っている。しかし、映画『17歳の瞳に映る世界』では、妊娠させた男の描写は一切存在しなかった。映画『あのこと』においてはまったくのゼロというわけではないものの、映画全体の割合で言えばかなり少ないと言っていいだろう。
つまり、「男の存在」がまるっと排除されているのである。そしてこのことによって、「男の不在」がより強調されていると私には感じられた。「『中絶』の問題に、女性だけが向き合い闘い続ける姿」を描き出すことによって、逆説的に「この状況に『妊娠させた男』が関わらないのはおかしいだろ」と突きつける構成になっているのである。
だから映画『あのこと』は、男こそが観なければならない作品と言えるのだ。
さて、描かれていないのは「男」だけではない。『あのこと』『17歳の瞳に映る世界』のどちらにおいても、「家族との関わり」もほとんど描かれないのだ。とはいえ、映画『17歳の瞳に映る世界』は、「親に黙って中絶するために友人と共に大都市へ向かう少女」が描かれる物語なので、「家族」がストーリーに絡んでこないのは当然と言えるかもしれない。しかし、映画『あのこと』では、アンヌは家族と一緒に暮らしながら「中絶」の問題に対処しようとする。それでも、「家族との関わり」はほとんど描かれないのだ。
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