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【狂気】「当たり前の日常」は全然当たり前じゃない。記憶が喪われる中で”日常”を生きることのリアル:『静かな雨』

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「日々記憶を失う人生」という日常は、当たり前の日常が当たり前じゃないと思わせてくれる

「記憶」というのは不思議なものだと実感させられた私の経験

私は子どもの頃、3回ほど足を骨折したことがあります。

骨折した状況や、正確な回数などは覚えていないのですが、「松葉杖をついて歩いていると脇の下が痛くなる」という感覚や、「松葉杖をついて学校に行くと、物珍しさからクラスメートが集まってくる」みたいな状況はなんとなく覚えています。そもそも私は、子どもの頃の出来事をスパスパ忘れてしまい、ほとんどまともに覚えていないので、その割には結構記憶に残っている出来事です。

さて、長い時間が経ち、私は30代になりました。10代後半から20代にかけて私は家族とあまり折り合いが良くなく、かなり長く音信不通状態でしたが、徐々に雪解けという感じになり、両親ともまた話をするような関係に少しずつ変わっていきます。

さてそんなわけで、大学進学で上京して以来、両親とほとんど話す機会のなかった私が、30代になって両親と会話をするようになるわけです。そんなに頻繁にやり取りはしませんが、帰省した際に話す機会があります。

そういう中で、何か話の流れがあったのでしょう、私が「子どもの頃3回ぐらい足の骨を折って大変だった」という話をしたところ、両親が揃って「そんなことはない」と言ったのです。

これには本当に驚かされました。両親の記憶では、私が足の骨を骨折したことなど、1度もないそうです。父親の言い分では、「お前が足を骨折してたら、学校まで送り迎えしなくちゃいけない。でもそんなことをした記憶はない」とのこと。私としては、なるほど、という指摘でした。

前述した通り、子どもの頃のことをスパスパ忘れてしまうので、足を骨折していた時に学校までどうやって通っていたのか思い出せないのです。私は小中学校時代、学区内の一番端っこの辺りに住んでいたので、松葉杖をついて歩いて学校に行く、というのはちょっと現実的ではありません。

結局この話、現在に至るまで未解決のままです。両親共に否定するので、恐らく私の記憶が間違いなのでしょうが、じゃあ私の中にある「松葉杖をついていた記憶」は一体何なのでしょう?

私は長男なので、「下の子どもだから記憶が薄れている」という可能性も低いでしょうし、現在のところ「実は両親と血の繋がりがない」みたいなことが判明していたりもしません。両親と長いことまともに会話がなかったことが影響しているのかもしれませんが、なんとも言えないところです。

というわけで、私としては納得し難いですが、たぶん私の記憶が間違っているのだろう、と今のところは考えています。

それは決して、特別なことではありません。心理学の世界では、人間の記憶は容易に改変され得ると分かっているのです。

『錯覚の科学』という本の中では、バスケットボール選手の事例を取り上げました。選手が「コーチに首を締められた」と訴えましたが、何年も経ってから偶然その状況を収めたビデオカメラが発見され、そんな事実などなかったことが確定します。しかしその選手は、映像が発見されてからも、「自分はコーチに首を締められたんだ」という主張を変えませんでした。

記憶というのは、なかなか簡単には捉えられないのです。

そもそも「記憶」って何なのだろう?

映画の中で、こんな話をする人物が登場します。

あるところに、60年間毎日欠かさず日記を書いている老人がいました。しかしある日、その老人は突然、それまで書いた日記をすべて燃やしてしまいました。60年分、まとめて。次の日、その老人は、また同じ時間に同じように日記を書き始めました。そのおじいちゃんの60年は、どこへ行ってしまったんでしょうね。
記憶は、考古学には残りませんからね

「記憶」が「物質」ならまだ捉えやすいでしょうが、もちろんそんなことはありません。脳科学的なことを言えば、「記憶」というのは「シナプスに電流が流れている状態」を指すはずです。どのシナプスにどんな強さの電流が流れているのかによって、「記憶」の状態が変化する、ということでしょう。

つまり「記憶」は「物質」ではなく「状態」だということです。

そして私たちは、その「状態」が日々同じように継続している、と信じています。これもまた、不思議なことだと言えるでしょう。

以前、哲学に関する何かの本で、「夜眠りに就いた時の自分と、朝起きた時の自分の記憶が繋がっているように感じられるのは不思議ではないだろうか?」という問いかけが載っていました。なるほど、確かに言われてみればそうかもしれません。

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