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【狂気】”友好”のために北朝鮮入りした監督が撮った映画『ザ・レッド・チャペル』が映す平壌の衝撃

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ぶっ飛んだドキュメンタリー映画監督マッツ・ブリュガーの名を知らしめた衝撃の「北朝鮮映画」

マッツ・ブリュガーというドキュメンタリー映画監督のことを知っていたわけではなかったが、予告やポスターなどで興味を抱いて観た映画がたまたま彼のものだったことが2回ある。『誰がハマーショルドを殺したか』と『THE MOLE』だ。この2作もかなりぶっ飛んだ異常な映画だったが、彼の作品だと知った上で観たこの『ザ・レッド・チャペル』もかなり衝撃的な映画だった。「友好」の名の元に北朝鮮入りし、許可を得て撮影した映像を編集して、北朝鮮の実態を暴き出す本作を作り上げた監督は、北朝鮮を激怒させたことで出禁となってしまう。そしてなんと、そのことが結果として、後に制作する『THE MOLE』へと繋がっていくことになるのである。

この映画で描かれる北朝鮮の姿は、日本人にとっては「分かりきった現実」と捉えられるかもしれない。しかしその真実を撮影したマッツ・ブリュガーの”笑撃”の奇策と、そこから展開される物語にはかなり惹きつけられるのではないかと思う。

世界は北朝鮮をどう捉えているか

マッツ・ブリュガーは、韓国系デンマーク人2人と共に北朝鮮入りしたのだが、その内の1人であるヤコブが、ある場面でこんなことを言う。

君の良心は咎めないの?
良心の呵責は皆無なの?

ヤコブは正直、マッツの北朝鮮入りの意図をそこまで正確に理解してはいないのだろう。だから、「北朝鮮という国家に対して騙し討ちするような振る舞い」に疑問を投げかけたのだと思う。それに対してマッツは、「北朝鮮に対しては無い」と断言していた。

マッツの感覚は、日本人であればそう違和感を抱くようなものではないだろう。日本人にとって「北朝鮮」という国は、拉致問題やミサイルの発射など根深い禍根を抱える相手だ。地理的に近いこともあり、否応なしに付き合わざるを得ない国でもある。だから、北朝鮮の一挙手一投足は、日本に対して「悪いもの」として届くし、我々日本人は北朝鮮に対してなかなか友好的な感覚を持てないはずだ。

しかし、世界に目を向けると違った光景が見えてくる。約80%の国が、北朝鮮と正常な国交を結んでいるのだ。日本のように、北朝鮮との国交を断絶している国の方が珍しい。かつて金正男がマレーシアで暗殺されたが、マレーシアが犯行の地に選ばれたのは、北朝鮮の友好国だったからだという話を聞いたこともある。国交を結んでいるすべての国が北朝鮮と友好的なわけではないだろうし、ミサイル発射を続ける近年では対応が変わっているかもしれないが、少なくとも、日本人が思っているほどには北朝鮮は嫌われてはいないようだ。

また、映画『THE MOLE』では、「デンマーク北朝鮮友好協会」という団体を通じて北朝鮮に潜入する様が描かれ、世界規模の北朝鮮友好団体「KFA」の存在も紹介される。このように、動機や思惑はともあれ、「北朝鮮と友好関係を築きたい」と積極的に考える団体も、世界中に存在しているというわけだ。

このような事実を理解しておかなければ、ヤコブの感覚はなかなか理解しにくいかもしれない。彼は、私たちが持っているような「北朝鮮に対する嫌悪」を訪朝した時点では抱いておらず、だからこそマッツの「北朝鮮を悪く扱うような振る舞い」に疑問を抱くのだ。当然マッツは、北朝鮮がどのような国なのか理解しており、

北朝鮮の邪悪さを世界に示せると思った。

という動機を持って、ヤコブらを利用して北朝鮮に潜入しているのである。

さてそんなヤコブは、滞在中に北朝鮮という国家に対して強い拒否反応を示すようになっていく。

耐えられない。
僕にはなにも出来ない。僕は役立たずだ。
あんなウソっぱち、どうにも我慢ならない。
笑うフリをして、我慢し続けた。求められた役割を演じていただけだ。
あんなの、とても耐えられない。

ある場面で彼はこんな風に泣き叫ぶ。一体彼は何を見たのか。それは、私たち日本人には割とお馴染みの、「北朝鮮が歓迎の印として、張り付いたような笑顔で歌い踊る様」である。確かに、北朝鮮がどんな国なのか知らずにそんな光景を見せられたら、かなりの恐怖を抱くだろう。ヤコブらは、表向き「友好」のために北朝鮮入りしていることもあり、どこに行っても歓待を受ける。しかしそのもてなしがあまりにも異様に感じられたために、ヤコブには恐怖心の方が勝ってしまったのだ。

しかしマッツとしては、ヤコブが「恐怖」を抱いているなどと北朝鮮側に悟られるわけにはいかない。マッツはあらゆる場面でどうにか言い繕って切り抜け、ヤコブにも、

君と僕の安全を確保するために、嘘をつかなければならないんだ。

と状況を説明する。そして、マッツが明らかに北朝鮮側に嘘をついていることをヤコブは理解し、そのことに心が咎めないのかと責め立てているというわけだ。ヤコブは、目の前の光景に恐怖を抱きつつも、北朝鮮を「邪悪」だと捉えるまでには至っていないのだろう。

ヤコブの振る舞いから、「世界が北朝鮮をどう捉えているのか」も理解できるのではないかと思う。

なぜヤコブは、北朝鮮内で自由な発言が可能なのか?

さて、人によっては、ここまでの記述に違和感を覚えた方もいるかもしれない。言動が厳しく制約されるはずの北朝鮮で、ヤコブは何故これほど自由に振る舞えるのか、と。マッツは、北朝鮮でかなり自由に撮影が許されている。こんな場面普通はなかなか撮影できないだろうという状況でも当たり前のようにカメラが回せているのだ。ただ当然のことながら、撮影したテープはすべて北朝鮮の検閲が入る。すべてのデータを提出して、ダメだと判断されれば没収されてしまうのだ。

映画を観ていると、ヤコブとマッツのやり取りは、明らかに「アウト」なものが多い。北朝鮮が、そんなヤバい会話が収録された映像に許可を出すとは考えられない。しかしそんな映画が普通に公開されているのだ。

ここに、マッツの非常に強かな戦略が隠されている。

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