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【科学】テネットの回転ドアの正体は?「時間反転」ではなく「物質・反物質反転」装置だ:映画『TENET』

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「TENET テネット」には、「反物質」「観測問題」など、量子力学の知見が満載

量子力学的に「TENET テネット」を解説する記事です

この記事では、「TENET テネット」の内容にも当然触れるが、基本的には、この映画がいかに量子力学的に描かれているかについて書くつもりである。

私は「TENET テネット」を二度観に行った。一度目は何の予備知識もないまま、そして二度目は様々な考察サイトを読みまくってから観た。一度目も二度目も非常に面白かったし、私が元々理系の人間ということもあるので、そういう観点からも知的好奇心がバシバシ刺激される映画だった。

この記事では、量子力学的な観点を踏まえ、なかなか理解しにくい「回転ドア」の設定から、作品に対する私なりの解釈まで書いていこうと思う

私は一応、割と有名な私立大学の理系学部に通っていたが、専門課程に進む前に中退しているので、量子力学に関する私の知識は、一般向けの本を読んで得たものだけだ。致命的な誤りはないと思うが、専門家ではないので、細部に間違った記述があるかもしれない。「映画好きの一個人の見解」程度に読んでもらえたらいいと思う。

「陽電子」と「反物質」と「時間の逆行」

映画の中で、「陽電子」という単語が登場する場面がある。恐らく、文系の人にはまったく理解不能だろうし、理系の人でも量子力学方面に関心を持っていないと触れる機会が少ない単語かもしれない。

本書の私の主張は、

「TENET テネット」の回転ドアは「物質・反物質反転装置」だ

というものであり、「陽電子」は人類が初めてその存在を知った「反物質」である。なのでまずは、「陽電子」の説明から始めよう。

「陽電子」は、「電子」とほぼ同じ性質を持っているが、電荷だけが「電子」と逆でプラスである。発見された当初は「反電子」という名前だったが、今では「陽電子」という呼び方に変わっている。

「反電子(陽電子)」はアンダーソンという科学者が発見したが、その存在を予言していた人物がいる。ディラックという天才科学者だ。しかし彼は当初、結果的に自分が予言することになった「陽電子」なんてものを信じていなかった。では、ディラックはどんな経緯で「陽電子」を捉えたのだろうか?

当時ディラックが取り組んでいた課題は、「特殊相対性理論に量子力学を組み込む」という難問だった(とりあえず、特殊相対性理論や量子力学が何か分かっていなくても問題ない)。特殊相対性理論も量子力学も、それぞれ単体では素晴らしい予測や結果を生み出す見事な理論として知られていた。しかし、特殊相対性理論と量子力学を同時に使わなければならない場面では、残念ながらまったく使い物にならなかったのだ。

そんなわけで当時、特殊相対性理論と量子力学を同時に適用しても上手く成り立つような方程式を科学者たちは待ち望んでいた。そして、そんな待望の方程式を完成させたのが天才ディラックだったのだ。

その式はディラック方程式と呼ばれるようになり、その完璧な融合に誰もが唸った。しかしたった1つだけ問題があった。方程式を解くと解が2つ出てくるのだが、その一方が謎だったのだ。例えば、答えの1つが「電子」だとしたら、もう1つの答えは「電子」と電荷だけが異なるものなのだが、当初これが何なのか誰にも分からなかった。

ディラック自身も、自ら導き出した方程式の解であるのに、「電子と電荷だけが違う存在」など信じなかった。しかし、ディラックが方程式を生み出して数年後、アンダーソンが「陽電子」を発見した。科学では、発見までかなり時間がかかることも多いので、予言から数年というのはかなり早い。そのお陰でディラックは「陽電子の予言者」として生前にきちんと評価された。非常に運が良かったと言っていいだろう。

ディラックは、「自分の理論は自分よりも賢かった」と、自分で生み出した理論を自ら信じきれなかったことについて自虐的に語っている。

「陽電子」ように、ある物質と電荷だけが反対の物質を「反物質」と呼ぶ。そしてこの「反物質」は、実は、「時間を逆行」しているのである。どういうことか? 

「陽電子」というのは先程説明した通り、「プラスの電荷を持つ電子」だが、より正確に表現すると、「プラスの電荷を持ち、時間を順行している電子」である。そしてこれは、数学的には、「マイナスの電荷を持ち、時間を逆行している電子」と同じ、だそうである。

「だそうである」と書いたのは、私はこの辺りのことを詳しく説明できないからだ。しかし量子力学は、とにかく日常感覚からズレる話が満載なので、あまり難しいことを考えない方がいい。より詳しいことを知りたいという場合は、ネットで「ファインマン・ダイアグラム」と調べると、なんとなく理解できるようなことが書かれているかもしれない(「ファインマン・ダイアグラム」は量子力学を簡単に説明する画期的なものとして登場したが、それでも私にはなかなか難しい)。

要するに何が言いたいかというと、「反物質」は理論上「未来から過去へと時間を遡っている存在」だとみなしていいということだ。

これが、「陽電子」という単語が「TENET テネット」に登場する理由である。

「時間の逆行」は科学的にOKなのか?

ここまで、「陽電子」という単語を皮切りに、「反物質が時間を逆行している」ことを示したが、そもそも、「時間を逆行する」なんてことが科学的に許容されるのだろうか? と感じるかもしれない。

結論を書けば、問題ない。基本的に物理法則には、「過去から未来に時間が流れていなければならない」という制約はない。仮に時間が未来から過去に流れていたとしても、物理法則は同じように成り立つ。もちろん、現象そのものは逆回しのようになるだろうが、それでも我々は、同じ物理法則を使って予測したり結果を導き出したりできる、ということだ。

また、あの有名なアインシュタインも、タイムトラベルについて真剣に考えていたことがあると言われている。アインシュタインは、「もし光の速度よりも早く動けるとしたら、それは時間を遡ることになるはずだ」というようなことを思い巡らせていたそうだ。

ただしそもそもアインシュタイン自身が導き出した「特殊相対性理論」(ディラックのところで少し出てきた)には「光速不変の原理」という「光より速く移動できない」というルールが存在する。さて、アインシュタインが考えていたタイムトラベルは理論上可能だろうか?

拾は、量子力学的な発想を組み込むことで光速を超えられる可能性が出てくる。ヒントになるのは、「不確定性原理」である。

ここで、マジシャンの話をしよう。マジシャンは様々なテクニックを駆使して観客を騙す。例えば、右手に持っていたはずのコインが左手に移るなど朝飯前だろう。観客は、いつどのタイミングでどうやってコインが移動したのか分からない。しかし現に、コインは右手から左手に移動している。

この場合、「右手から左手にコインが移動している間のことは、観客は観測できなかった」と表現していいだろう。

同じようなことが量子力学の世界でも起こる。量子力学には「プランク時間」と呼ばれるメチャクチャ短い時間が存在する。数字で書くと、「5.391×10のマイナス44乗秒」である。とにかく短い時間っぽいということは分かるだろう。そしてこの「プランク時間」より短い時間で起こることに関して、理論的な制約は受けないのである。

これ以降は、ブログ「ルシルナ」でご覧いただけます

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