【異様】西成のあいりん地区を舞台にした映画『解放区』は、リアルとフェイクの境界が歪んでいる
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「なんか凄い映画を観たな」という感覚が突き刺さる『解放区』。現実と虚構の境界が歪む構成に、「自分は何を見せられているんだ」と感じた
私は普段から、これから観ようと思っている映画について下調べ的なことを一切しない。評価や内容を調べたりはせず、予告やチラシなどの情報だけから「面白そう」と感じるものを映画館で観ているというわけだ。そしてそういうスタンスで映画を観ていると、たまに頭が混乱することもある。
映画『解放区』がまさにそういう作品だった。私はこの映画を、「ドキュメンタリー映画に違いない」と疑いもせずに観た。私がざっくり触れた情報からは、ドキュメンタリー映画感が漂っていたからだ。しかし映画を観始めてしばらく、頭が混乱した。「この映画はドキュメンタリー映画である」という頭で観ていると、違和感を覚えるシーンが出てくるからだ。
映画は、「ドキュメンタリーを撮影しよう考えている主人公を追う」という構成になっている。だから私は、「『ドキュメンタリー映画のメイキング映像』みたいな設定のドキュメンタリー映画」だと思って観ていたのだ。
UVNというテレビ制作会社に勤めている主人公が撮影しようとしているのは、あるひきこもり男性である。映画は、主人公がディレクターから怒られる場面から始まった。ひきこもり男性の母と弟には取材許可をもらえたが、未だに本人の許可を得られていないからだ。
さてその後、映像はひきこもり男性がいる室内からのショットに変わった。ここで私の頭は混乱する。ん? ドキュメンタリー映画じゃないのか? と。いや、実際には私が単にそう勘違いしていただけのことであり、普通にフィクションだと思って観ている人にはなんの不思議もない場面である。しかし私は驚かされてしまったというわけだ。
しかし、フィクションだと分かってからも、映画全体からはドキュメンタリー映画感が漂ったままだったと思う。監督が、明らかにそのような志向で映画を撮ったことは間違いないだろう。登場人物はまるで台本など用意されていないかのような会話を展開するし、カメラのアングルも「隠し撮り」を思わせるショットが多数出てくる。このことが、映画のリアリティを異様に高める要素になっているというわけだ。
そんなドキュメンタリーだと感じられてしまうような映画なのだが、さらにその印象を強めるポイントが、舞台となる「西成」である。
舞台である「ヤバい街」大阪市・西成区が放つ凄まじい雰囲気
関西圏ではよく知られているだろうが、それ以外の地域の人は「西成」と言われてもなかなかイメージ出来ないだろう。ざっくり説明すると、かつて日雇い労働者が多く集まっていたいわゆる「ドヤ街」であり、以前は「釜ヶ崎」とも呼ばれていた。
そしてこの西成区は、「安易に近づいてはいけない地域」として非常に有名なのだ。
かつて大阪に行った際、どうしても興味があったので西成を歩いてみたことがある。ちょっと怖かったので、一応昼間の時間帯に行ってみた。恐らく、「ヤバいぞ危ないぞ」と言われていた一昔前よりはずっと安全になっているのだろう。私は特段危険を感じることはなかった。飲食店も普通にあるし、ちゃんとは覚えていないが小学校か中学校もあったような気がする。新宿・歌舞伎町だって昔はヤバい街だったようだが、今では誰でも歩ける普通の街になった。西成もきっと変わったのだろう。
ただ、ネットで調べると色んな話がゴロゴロ出てくる。印象的だったのは、あるYouTuberが西成を歩いた際のエピソード。公衆トイレに入ろうとしたら、通りがかったオジサンに、「そこは覚醒剤の取引でよく使われるから別のとこに行きな」と言われた、というのだ。また、「すれ違う人と目を合わせてはいけない」なんてアドバイスを書いている人もいた。実態とどこまで合っているか私には判断できないが、とにかく、西成が「ヤバい街」として非常に有名なことは確かである。
そしてそんな「ヤバい街」を舞台にしていることが、この映画のドキュメンタリー感をさらに格段に高めていると言っていいだろう。
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