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【高卒】就職できる気がしない。韓国のブラック企業の実態をペ・ドゥナ主演『あしたの少女』が抉る

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韓国で実際に起こった事件を基にした映画『あしたの少女』は、「教育現場がブラック企業を生み出す構造」を炙り出した凄まじい作品

少女を追い詰めたのは企業か? それとも学校か? 韓国に蔓延る信じがたい仕組み

衝撃的な作品だった。

映画には、「実話を基にした作品である」のような表記はなかったと思う。恐らく実話ベースだろうと思いつつ、映画を観ている時にはその確信が持てなかった。調べてみると、やはり実話がベースの作品であるようだ。それを知ったことで、映画を観て感じたことがより一層重さを増したようにも感じられた。

あまりにも酷い現実である。

最近の話で言えば、自動車修理・中古車販売業「ビッグモーター社」の問題を思い出した。映画で描かれるのはコールセンターであり、自動車修理業とはかけ離れているが、本質的な部分は変わらない。つまり、「顧客の利益を毀損してでも、自社の利益を”強奪する”」というスタンスで企業活動を行っているのである。

この「企業のスタンス」自体ももちろん大きな問題だ。もちろん、企業が存続するためには「キレイゴト」だけではどうにもならないと理解しているつもりだが、しかしやはり、「顧客の利益を毀損するやり方」は許されないだろう。

ただ重要なのは、「映画『あしたの少女』で描かれる現実は、単に一企業の問題に留まるものではない」という点だ。「何故そんな酷い経営が可能だったのか」という「構造的な問題」が指摘されているのである。そしてそこに、「いくらでも使い捨てが出来る」という「教育現場を含めた信じがたい仕組み」が見え隠れするというわけだ。

その仕組みを理解するために、まずは主人公キム・ソヒが何故コールセンターで働くことになったのか、その理由を見ていこう。

愛玩動物管理科に通う高校生のソヒは、担任から実習先が指定された。それがコールセンターである。大手企業の下請けであるヒューマン&ネットでの仕事であり、教師は大いに喜んでいた。当校の実習先としては、これまでで最も大手の企業だからだ。ソヒは「やっとウチからも大手企業に人を送れる」「お前には期待してる」と言われ、ソヒ自身も「OLになるんだ」という期待で胸が膨らんでいた。

そして勤務初日を迎える。チーム長であるイ・ジュノはとても丁寧に仕事を教えてくれたのだが、渡されたマニュアルがとにかく酷かった。このコールセンターでは、サービスの解約を希望する客からの電話が掛かってくるのだが、マニュアルには、「様々な理由をつけて、いかに解約させずに電話を終わらせるか」についての手法が書かれていたのである。ソヒは、自分のやっている仕事に疑問を抱く。しかし、自分がここで頑張らなければ、学校に迷惑が掛かってしまう。自分は期待されている。とにかく頑張るしかないと、ソヒは目の前の仕事に必死に食らいついていく。

しかし、給料日になるとソヒは再び愕然とさせられる。教師からあらかじめ渡されていた「現場実習契約書」に記載されている金額通りには支払われなかったのだ。そのことを指摘すると、チーム長は「現場実習契約書」とは別の勤労契約書を提示し、そこに「状況によって賃金は変わる」と書かれていると説明した。それを聞いてソヒは引き下がる。しかし彼女の知るところではなかったが、「現場実習契約書」とは異なる契約を交わすことはもちろん法律違反だ。

また、「解約阻止率などの実績を考慮し、インセンティブが支払われる」とも聞いていたソヒは、成績を上げているにも拘らずインセンティブがもらえない状況についても指摘した。すると、「すぐ辞められては困るので、実習生には1~2ヶ月先に支払うことにしている」とあしらわれてしまう。映画での描かれ方からするに、「本当はインセンティブなど支払うつもりなどなく、適当にごまかしているだけ」という感じがした。

そんなわけでソヒは、「実習」とは名ばかりの、社内の大人たちとまったく同じ仕事をさせられながら、高校生だという理由で低賃金で働かされている。高校生なのに、仕事が終わらないせいで20時前に帰れたことなどほとんどないのだが、その状況について後に指摘されると、会社は「インセンティブ目当てに自発的に残業する者がいる」などと実態とは異なる説明をしたりするのだ。

キム・ソヒは、このような状況にあった。これは決して、彼女に特有の事情ではない。韓国の高校生は皆、ほぼ同じような状況下に置かれているのだ。映画は、2016年から2017年に掛けてを舞台にしている。たかだか5年前の話なのだ。

韓国の若者が置かれている状況について、なんとなく理解していただけただろうか?

「高校が企業に『実習』という名目で働き手を送り出す」という異様な構図

映画は冒頭からしばらくの間、「コールセンターで働くキム・ソヒ」を中心に展開する。そして後半から、「ペ・ドゥナ演じる女刑事が状況を捜査する」という物語が始まっていくのだが、そこで「韓国の教育現場の実情」が明らかになっていくのだ。

韓国の高校は実質的に、「安い労働力を企業に送り込む派遣会社」のような存在に成り下がっている。そう捉えると、キム・ソヒの状況を理解しやすいだろう。彼女は、自ら望んでコールセンターで働いているわけではない。「お前はここに行け」と、学校から「実習先」としてあてがわれているだけなのだ。

この状況の困難さは、「『自分の意思で辞める』という選択肢がほぼ存在しない」という点にあると言っていいだろう。実習生は「学校の代表」であり、理由はどうあれ、「実習生が実習先の企業を辞めた」となれば、それは「学校のマイナス」と扱われてしまうのだ。生徒たちは、「期待している」などの言葉を教師から掛けられることで、そのような事情を理解する。だからこそ、送り込まれた先がどれほど酷かろうと、辞めずに頑張るしかなくなってしまうのだ。

映画の中である人物が、「実習先を辞めたいと学校に頼んだけど辞めさせてもらえなかったから、学校を辞めるしかなかった」みたいなことを口にする場面がある。あまりに酷すぎる状況だろう。しかし、映画の中ではさらっと描かれる場面でしかなく、だからこそ私は、「彼女のような状況は決してレアケースではないのだ」と受け取った。

これは相当に尋常ではない状況と考えていいのではないかと思う。

さてそもそもだが、「愛玩動物管理科」に通っていたキム・ソヒが「コールセンター」で「実習」を行うというのはなかなかに意味不明だろう。せめて、動物と関わる実習先が用意されるべきではないのか。どうしてそのような状況になっているのか、その背景を知ろうと調べを進めた女刑事は、学校教育が置かれている状況を知ることになる。どの高校も、「生き残るのに必死」というわけだ。

映画で描かれているところによると、韓国の高校は、「新入生の入学率」と「実習生の就職率」の2点”のみ”で評価されるのだという。しかしそれは誰からの「評価」なのか。もちろん、「我が子をどの高校に入学させようかと考えている親」の目も意識しているとは思う。しかしそれだけではない。そもそも教育庁からの補助金が、「入学率」「就職率」の2点をベースに決められているのである。

だから、高校が生き残るためには、その2つの数字を高く維持し続けるしかない。そして、「就職率が下がるから」という理由で、高校は専攻に合った実習先を用意しないのだという。

どういうことか。

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