伊井野いと

『祓い屋令嬢ニコラの困りごと』にて、第1回ドリコムメディア大賞金賞を受賞|書籍1〜3巻…

伊井野いと

『祓い屋令嬢ニコラの困りごと』にて、第1回ドリコムメディア大賞金賞を受賞|書籍1〜3巻&コミカライズ発売中|noteでは、キャラクター小説ジャンルに初挑戦|まだギリ20代|

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  • 藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない

    ミステリー風味のオリジナル小説です/ 謎を解くのは、藤壺の宮!? 平安時代に転生したと思ったら、そこははなんと『源氏物語』の世界。 奇妙な殺人事件の数々に、令和の大学院生と光源氏が挑む! 【あらすじ】 大学への通学途中、トラックに轢かれてしまった大学院生、脩子(ながこ)。 彼女は何故か、源氏物語における〝藤壺の宮〟に転生してしまったらしい。 藤壺の宮といえば、光源氏の初恋の相手だ。しかも、源氏との密通により、不義の子までこさえてしまう重要人物でもある。 源氏に懐かれることだけは回避したい脩子だが、源氏には無碍にしづらい事情もあり、困りものだった。 おまけに源氏は、何故かいつも事件の話を持って来ては、脩子の推理を聞きたがる。 その殺人は、物の怪の仕業か、人の仕業か──。 五歳差バディの平安謎解き譚、開幕。

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藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第1話】

    序  ──死んだと思ったら、産まれていた。  ちょっと何を言っているのか分からないかもしれないが、あいにくと脩子にだって分かってはいなかった。  何せ、大学に向かう途上でトラックにはねられたと思ったら、羊水やら血にまみれて、産婆に抱き上げられていたのである。全くもって、意味が分からない。 「いや、何故に……?」  そう声に出したはずの言葉は、残念ながら言葉の形をしていなかった。  ただ「おぎゃあ」と泣いただけである。どうやら脩子は、記憶をリセットされぬままに、輪廻

    • 藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【最終話】

         終 『女性は、初めての相手に背負われて、三途の川を渡るらしい』  平安時代に、そんな俗説が流布していたことを知っている人間は、現代において、果たしてどれ程いるのだろうか。  それを「ロマンティックだな」と感じるか「いや、地獄絵図かよ」と思うのかは、人によってそれぞれ明暗が分かたれることだろう。  それこそ、背負う方も、背負われる方も。  脩子はそんな現実逃避をしながら、片手で顔を覆っていた。 「仮にも初夜に「いよいよ進退窮まった」みたいな反応をするの、さすがに失礼

      • 藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第16話】

        第三章 花の夕顔、鬼はや一口に喰ひてけり  では、何を探していたのだと問われれば。  男はこう答えたのだという。  女の亡骸を探していたのだ、と。       7    鷲男いわく、眠る夕顔を盗み出し、彼女を背負って逃げた後のこと。  大貴族の屋敷が集中する区画は、あいにくと検非違使らの夜警が手厚い。  そこで、彼はその区画の周辺を避け、いったんは地理のわかる、五条の方面へと逃げたというのである。  だが、夜警の多い区画を避けた結果の、ある意味必然だとでもいうべきか。  

        • 藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第15話】

          第三章 花の夕顔、鬼はや一口に喰ひてけり  「えぇ、左様。たとえその姫君が生きていたとしても、なのですよ。彼女を背負った下男は、雪上に足跡を残しながら、どうやって検非違使たちの目を掻い潜り、逃げおおせたというんです?」       6 「そうだ、それがありましたね……」 「結局、それを解決しなければならないのよね」  もしも仮に、鷲男という下男が恋情を拗らせ、夕顔を盗み出したとして。  それでも、夜警の検非違使たちに姿を見られることなく、この廃院を脱出する困難さは、依然

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        藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第1話】

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        • 藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない
          17本

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          藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第14話】

          第三章 花の夕顔、鬼はや一口に喰ひてけり  「足跡の主は、一体どうやって……誰の目にも留まることなく、廃院を出入りしたっていうのかしらね」       5 「いっそ、廃院に棲みついた鬼が、肘から上をぱくりと喰らっちまった──そう考えた方が、納得がいくというものですよ。そうは思いませんか? え?」  そう締めくくった橘の少尉は、どこか投げやりな仕草で肩を竦める。  だが、脩子としては、どうしてもそれを首肯する気にはなれなかった。 「だからって、鬼、ねぇ……」 「でも、姿

          藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第14話】

          藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第13話】

          第三章 花の夕顔、鬼はや一口に喰ひてけり   「何でも彼女は、まるで鬼に一口で喰らわれてしまったかのように、片腕だけの状態で見つかったそうですよ」       4 「片腕といっても、見つかったのは、左腕の肘から下だけ。それが、彼女がその日身に纏っていた、枯野の袿の表着に包まれた状態だったんだとか」 「それはまた、随分と猟奇的な……」  枯野というのは、晩秋や冬の入口を表現する襲の色目である。  確か、表に黄色を、裏に淡青色を重ねるのだったか。表着というのは、重ねた着物の

          藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第13話】

          藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第12話】

          第三章 花の夕顔、鬼はや一口に喰ひてけり           3  着丈の長い単や袿を、浴衣の御端折りのように折り込んで裾上げした、壺装束。これに、市女笠に虫の垂れ衣という、笠のまわりに薄い布を長く垂らしたかぶりものを被るのが、貴族女性の外歩き姿だった。  動きやすさという点では、やはり狩衣に劣るものの、これはこれで悪くはないかと脩子は思う。  女性が顔を隠すための虫の垂れ衣だが、疫病の感染対策としても、有効ではあるのだ。  何せこの時代、大貴族の邸宅が集中するエリアを一

          藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第12話】

          藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第11話】

          第三章 花の夕顔、鬼はや一口に喰ひてけり           2  飼っていた雀の子が、逃げてしまったの。  そう言って、まだあどけなさの残る少女が、脩子の膝上でめそめそと泣く。  彼女はつい昨日から、この屋敷に居候を始めた住人だった。  その容姿は、幼いながらにも、不思議と脩子によく似通っている。  だが、それもそのはず。脩子と少女の間には、確かな血縁関係があるのだから、仕方がない。  少女の父親は、先帝の息子のうちの一人、兵部卿宮なのだ。脩子とは母后を同じくする、同母

          藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第11話】

          藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第10話】

          第三章 花の夕顔、鬼はや一口に喰ひてけり        1 「……いよいよ降り出しそうですね」  脈絡のない呟きが聞こえて、脩子は巻き物に落としていた顔をあげる。  ついと視線を動かせば、簀子の柱に背を預けて座る光る君が目に入った。  簀子とは、半屋外の縁側だ。現代でいうところの、濡れ縁に近い。  彼は読みさしの書物を膝の上に伏せて、ぐずついた空模様をぼんやりと見上げていた。曇天を背負っていても、物憂げで絵になってしまうのだから、つくづく美形というものは得である。  

          藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第10話】

          藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第9話】

          第二章 空蝉の身をかへてける木のもとに       4 「単純な構図、でございますか……」 「えぇそう、とても単純な構図」  考え込むように呟いた命婦に、脩子はそう言って首肯する。  脩子は光る君から視線を外して、ばぁやに向き直った。 「もしも、左馬頭が御簾越しに和歌を詠みかけた時点で、すでに六の君が死んでいたとしたら、どうだろう。だったら、御簾越しに殺害する方法も、権少将が凶器を消失させる方法も、わざわざ考える必要はないと思わない?」  困難が重なるから、鵺の仕業

          藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第9話】

          藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第8話】

          第二章 空蝉の身をかへてける木のもとに 「権少将が犯人だと仮定するならば、凶器はどこに消えたのか。あるいは──」       3 「いいわ。じゃあいったん前提を変えてみよう。仮に、権少将が犯人じゃないとする」 「はい」  光る君は心得たように頷く。脩子も小さく頷いて、言葉を続けた。 「権少将が西の対屋に忍び込んだ時点で、本当に六の君が亡くなっていたのなら。それ以前に西の対屋を訪れた人間に対する検証を、行うべきよね」  脩子はふむ、と思案するために黙してから、すぐに口

          藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第8話】

          藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第7話】

          第二章 空蝉の身をかへてける木のもとに なほ人がらのなつかしきかな 「それで? 今日はどんな事件の話を持ってきたのかしらね、左衛門督どのは」       2  従四位外、左衛門督──それが眼前の青年の、現在の位階と官職だった。 『源氏物語』の通りであれば、本来は近衛中将であるはずの時期なのだが、彼は敢えてその道を選ばなかったという。  父親である桐壺帝には、やはり近衛(内裏内郭の警固)の職を薦められたようだが、彼はそれを断り、わざわざ左衛門府の官職を希望したらしい。

          藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第7話】

          藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第6話】

          第二章 空蝉の身をかへてける木のもとに なほ人がらのなつかしきかな        1  それは、月の明るい晩のこと。  青白い月明かりに照らされて、足元には紅葉の刺々しい影が揺れている。  雲間には清かな月が浮かんでいて、秋の虫たちの騒めきと、風が木々を揺らす音ばかりが辺りに響いていた。  宮中警固の滝口の武士たる男に、雅なことは分からない。  それでも、こんな晩の夜警は悪くないものだと思いながら、男は浅く息を吐いた。  昼間は公達たちが闊歩する宮城も、さすがに夜ともな

          藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第6話】

          藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第5話】

          第一章 狐狸の、人に化けて池に落つること 「それじゃあ、大の男でも飛び石から落ちてしまうことに納得できたのなら……狐狸が化けた、なんて話を信じる人間もいないわけね?」            4 「私はひとつ、気になっていることがあったんだ。だって、事件が発覚したのは昨日の夕方でしょう。それなのに、翌日には容疑者の特定が済んでいるという。随分と展開が早いな、と思ったんだ」  それも、容疑者たちと辻占売りの間には、面識がないにもかかわらず、である。  だからきっと、印象に残

          藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第5話】

          藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第4話】

          第一章 狐狸の、人に化けて池に落つること 「そこからまた、どうして『狐狸が人に化けて殺した』だなんて話が出てくるのかしらね……」       3    一応、補足していうのなら。  光る君もとい、覆面の殿上童の言葉が信用されなかった、というわけではないらしい。  むしろ、検非違使たちは「一理ある」とさえ考えて、甥っ子の文章生から元武官の男へと、疑いの比重を大きく傾けたのだという。  そうなれば、取り調べる検非違使にも、自然と熱が入るもの。  すると、元武官の男は、突然こん

          藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第4話】

          藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第3話】

          第一章 狐狸の、人に化けて池に落つること             2 「お二方とも、八つ時でございますよ。少しお休みしてはいかがです?」  そう声を掛けられて、脩子と光る君は揃って顔を上げる。見れば、王の命婦が御簾を引き上げるところだった。  彼女の手には、二人分のお茶と菓子が載った盆がある。どうやら随分と、時間が経過していたらしい。 「わぁ、唐菓子ですか? 嬉しいな」 「えぇ。覆盆子もございますよ」  お菓子に目を輝かせるあたり、光る君もまだまだ子どもである。そん

          藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第3話】