見出し画像

20年ぶりのふるさとで 小さな昔

 通勤パンプスの上に、もみじがふっと舞い落ちてきた。血が通った、葉の脈。
 生まれ育った家にも、植えてあったなぁ。
 なぜか急に、目頭がきゅっと熱くなる。

「買っちゃったよ、チケット」
 土曜日突然、新幹線に乗った。ひとり女子旅、はるばる5時間。さらに各駅とバスを乗り継ぐ。やってきた。かつて住んでいた町に。

 10歳の秋から、20年。

 ひなびた小道のなかに現れた、昔の家。
 今は他人が住んでいる。

 記憶より古びているはずなのに
「門、変わってない、扉、変わってない、窓、変わってない!」
 幼い頃持っていなかったスマホで、撮る。いまは他人の家なのは、わかってるけど。
 駐車場には、誰も停まっていない。昔はここに、親のセダンと軽があって。縦列で、きちきちに詰められててね。
 家のなかから、声や物音はしてこなかった。
 悪用するつもりなんてもちろんないから、許してね。
 この家の思い出写真はあるけど、今この手元に、残しておきたいだけだから。

 隣の駄菓子屋さんは、空き地に変わっていた。膝にからまる雑草をかき分け、生家の庭を脇からのぞきこむ。
「ない」
 もみじの木は伐られていた。人工芝の緑だけが広がっている。
 ……わたしの家じゃ、ないんだもんな。
 そっと離れた。

 かつて親のセダンが停まっていた駐車場を眺めていたとき、坂になっている裏手から、小さな男の子が降りてきた。

 まさるちゃん?

 坂の上に住んでた、優しいお兄さんに似ている。よく、私と遊んでくれた。
 そうか。きっと、まさるちゃんの子供だ。

「おねえちゃん、だれ?」
 男の子は、突っ立っている私を不思議そうに見た。「わたしね、昔ここに住んでたんだよ」
 ツヤツヤとした光の輪をたたえた髪が、斜め横にかたむく。
「そうなの? あきちゃんちに?」
「あきちゃん……より先に、この家にいたの。二階の廊下に、もみじの絵残ってない? 壁に描いた赤マジックのね。あれ、私」
 それを聞いた男の子は、目を輝かせた。
「そうだったんだ!」
 まさるちゃんに似た彼と私は、目を見合わせた。
 私たちはいま立派に、近所に住む人間どうしになった。

「ぼく、これから、おねえちゃんち? にあそびにいくから」
「うん」
「あれ、おとうさんのくるま、ない」
「たぶん、みんなお出かけしてるよ」
「そっかぁ。じゃあこれ、あきちゃんにあげようと思ってたんだけど、おねえちゃんにあげる」
 男の子が差し出した手のひら。
 そこには、その五本指をそのまんま小さくしたような、もみじが乗っていた。

「こんな、きれいだったかな」 
 その赤を眺め続けている。いなか道をひとり歩きながら。
 懐かしいバス停に戻った。誰もいない待合室。
 目の裏に浮かぶ、幼い落書き。
 手帳を取り出し、開く。びっしりの仕事予定。
 空白の今日のページにそっと、小さな昔をはさんで閉じた。
 




#紅葉
#一人旅
#思い出









いいなと思ったら応援しよう!

星沢名南🌠懐かしさ、優しさ、温かさ創作
ものつくりで収入を得るのは大変ですが、サポートいただけたら、今後もずっと励みになります🌟 創作が糧になる日がくるのを願ってがんばります🌾

この記事が参加している募集