音楽の授業
「昔、音楽と数学は同じ教科だったんだ。」
風が春の匂いを連れてきた、そんな午後。カワウソの先生は音楽室を見わたすとそう言いました。
「昔は0という概念がなかったから同じ音でも1度と数えた。」
陽光が校庭の奥にある池の水面をきらきら輝かせます。
はじめて音楽というものを認めた時、ぼくらのご先祖さんはどれほどの感動をおぼえたのだろうか。
野ねずみさんはそんなことを考えました。
最初は木の棒を叩いて出した音かもしれないし、もしかしたらはじめて合奏をした瞬間かもしれない。
誰かが出した音に、はじめて誰かがハーモニーを乗せた瞬間。
僕には何ができるだろうか。
野ねずみさんは楽器ができるわけではなかったのですが、合奏がしたかったのです。
放課後、野ねずみさんは音楽室にこっそり入りました。
最も簡単な和音は、ドを1度としたら、ドから数えて3度のミ、ドから数えて5度のソを重ねたドミソ。
ハ長調の中ではとても大切な和音です。
ふと野ねずみさんが窓の方をみると、ティンパニの上にまるいりんごが置いてありました。
爆弾かもしれない。
野ねずみさんは、前にそんな話を国語の時間に読んだことがありました。
おそるおそる近づいてみます。
一瞬りんごの中から音がした気がしました。
優しい夕陽が差しこみ、楽器たちをちらちらと照らしています。
りんごを手にとり振ってみる。中からカチャカチャ音がする。
爆弾だと思ったそれは、おもちゃのマラカスだったみたいです。
がちゃり。
野ねずみさんが後ろをふりむくと、そこにはカワウソの先生が立っていました。
「先生、ごめんなさい!」
野ねずみさんは慌ててあやまりました。
「いやいいんだよ。」
カワウソの先生はそう言うと、ゆっくり野ねずみさんの方へ近づいていきます。
「わたしもよく、学生の頃は誰もいない教室にしのび込んだりしたものだ。その時にしかない楽しみというものがあるからね。」
そう言うと、カワウソの先生はティンパニの上のりんごのマラカスを手にとります。
「学生時代というものは本当に何にも代えがたいものだ。時に遊びというものは勉強よりも大切だったりするものだよ。」
「こう見えてわたしも昔はいたずら好きだったんだ。」
カワウソの先生はそう言うと口角をキュッと上げました。
その時野ねずみさんには、誰もいない教室にしのび込んで、楽しそうにりんごの爆弾をしかける少年時代のカワウソさんが頭にありありと浮かびました。
「楽しいという感覚は永久に残る。」
和音だ。
なぜかそんな風に、野ねずみさんは思いました。
「もちろん、みんながみんな許してくれるわけではないからね。特にモグラの教頭先生に見つかったら大変だ。」
そう言うと、カワウソの先生はりんごのマラカスを野ねずみさんに手渡しました。
「これは君とぼくだけのひみつにしておこう。」
日が沈みはじめたので、野ねずみさんは急いで家路につきました。
ランドセルが揺れるたび、中でカチャカチャと音がします。
明日からの学校生活がもっと楽しくなりそうです。
校庭の奥の池の周りで、薄紅のりんごの花がひらひらと笑っているようでした。