三上留実

ゆらゆらと、遊ぶように。 X&Instagram→@be__boy_

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マガジン

  • 童話集

    こいぬのカイくん、こぐまのルディくん、野ねずみさん、リスさん、トカゲさんとそのおともだちによるお話集です。

最近の記事

ボンネット 最終話

白い雨はとつぜんやんだ。 そのあたたかい風が吹いた朝、どこからともなく黒い羊の群れがやってきた。 薄く靄がかった牧草地を、もくもくの毛を踊らせて駆け巡ってくる。 それは、大量の羊毛の発注に怒った、遠くの村から来た羊たちだった。 群れの中の一頭の羊の背中の上で、ひつじの赤ん坊はすやすや眠っていた。 ひつじさんは、小高い丘の上からその光景を眺めていた。 それは、まさにひつじさんが夢で見た黒い羊だった。 「黒い羊って本当にいたんだわ」 ひつじさんは手をぎゅっと握る。 「黒い羊の中

    • ボンネット 第2話

      村の誰もが、またいつもの通り雨だろうと思った。 でも白い雨は夜になってもやまなかった。一日経っても、二日経っても。 とうとう白い雨は一週間降りやまなかった。 産婦人科病院では、雨粒が窓を叩く音を聞きながら、ボーダー·コリーさんは頬杖をついていた。 ひつじの赤ん坊を見守る役目を任されていたのだった。 少し考えごとをしはじめたとき、病院の黒電話が鳴る。 「はい、もしもし。産婦人科病院です」 それは、聞いたことのある太い声だった。 「名札カードの仕入れがあった」 じとじとと降りし

      • ボンネット 第1話

        その村では、動物たちはみな、ボンネットをかぶるしきたりになっていた。 ボンネットとは、紐のついている帽子である。古くから婦人が好んでつけていた帽子だが、赤ん坊をドレスアップしたい時につけることも多い。顎の下で紐を結ぶことで帽子を固定する。 風が吹いても、帽子が飛ばされることはない。一様にボンネットと言ってもいろいろなものがある。個性の表現としてつけている動物も多かった。 よく晴れたその日、ひつじさんは買い物に出かけていた。 夏の盛りは越えていたが、やっぱりまだ暑く、ひつじさん

        • ひかりのオコジョ【後編】

          Ⅳ.大きな時計塔 みんなが辿り着いたのは、大きな時計塔の前でした。 ひかりのオコジョは少しそわそわしていました。 「6時に着けばよかったはずだけど、」 いくら待っても時計塔の時計の針は、5時59分から動きません。 ルディくんもカイくんも、今までとは違うひかりのオコジョの様子に心配しました。 「大丈夫?」 ひかりのオコジョは何かを決心した様子でした。 「仕方ない。時計塔の中に入ろう」 真っ暗な時計塔の中を、虫かごのひかりが照らします。 時計塔は、それ自身が大きな時計になって

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        • 童話集
          19本

        記事

          ひかりのオコジョ【前編】

          Ⅰ.プロローグ こいぬのしっぽのようなすすきが、ゆらゆら揺れていました。 こぐまのルディくんはぼうっと、木陰に立ちすくんでいました。 視界の端っこを、金色のひかりが通りすぎたような気がします。 太陽は少し斜めに傾いで、濡れたような空気をぼんやり照らしていました。 待ち合わせをしていたこいぬのカイくんが、小走りでこちらに向かって来るのが見えます。 連日のように、ふたりはとある噂を耳にしていました。「ひかりのオコジョ」と呼ばれる、ぴかぴかのオコジョがたびたび目撃されているとい

          ひかりのオコジョ【前編】

          楽園のように

          それは、ぼくができることの唯一であり、楽園の近くまで行くことであったように思われます。 これだけは、これだけは「守る」ということだけは。 優しく、優しく、その細い枝葉たちがけして折れないよう。 水を与えて、日の光であたためて、 強風が吹こうが、嵐が訪れようが、 一本たりとも、折らせない。 それを見ていた太陽が、木には聞こえない声で言います。 「目には見えない、でも確かに存在しているものが、あなたをずっと守ってくれているのでしょう」 そうやって木は毎日大事に、枝葉を守り

          楽園のように

          おいかけっこ

          ここはとある市街地の川沿い。 「今日は何かいいことあったっけ」 ぼくが川べりに座ってぼうっとしていると、目の前を、四つの足をバタバタさせながら、トカゲさんが急いで走り過ぎていきました。 「なんですか、なんですか。ぼく食べたっておいしくはないですよ」 うしろからねこさんもやっていきます。どうやらトカゲさんを、ねこさんがおいかけているようです。 「食べようとしているんじゃあないよ。おもしろいからおいかけているんだよ」 トカゲさんがしばらく走っていると、道の端に小さなしげみを見つ

          おいかけっこ

          リハーサル

          「せーのっ、で跳ぶよ!!」 「せーのっ!!」  空は青い。なんでかは分からない。 リスさんはそんなことを考えながら、木の実をかじっていました。木の実からは太陽の匂いがします。  太陽の一部が表面に宿った。表面はそう思えるような温かみを帯びていました。  そうだ、夏だ。もうすぐ、夏だ。南中の角度が高まっていくうちに、受け入れていかなきゃいけない夏。  なんだかぼくは夏が苦手だ。そう思ってリスさんは、一つ木の実を食べ終えました。  木の実の種が、ぽとんと落ちます。太陽のこど

          リハーサル

          「バンクシー」

          彼はカンバスを持っていなかった。絵の具も絵筆もなかった。 家の駐車場の壁に描かれた落書き。これが、彼の作品だった。 光、うみねこの鳴き声、音楽…。 目に見えない、そのかたちを、右目でも左目でもないもう一つの目でみて、描き出す。 小さい頃からずっと変わらず、青とピンクと黄色いクレヨンで。ぎりぎりまで、短くなって、持てなくなるまで。 彼の作品には、共通点があった。 他の人にはみえないものであること、でもたしかに存在しているものであること。 そして誰もが「なつかしく思うもの」で

          「バンクシー」

          dawn

          濁った薄靄に、一条のひかりが差す。 それは、希望のように。「理解」のように。 あと一歩、「これしかない」が「知る」を促す。 美しいから、進む。 その美しさにだけ気付いていればいい。 もうおわりだなんて言わないで。 これがはじまりだと言って。 熱源まで手をのばす、さいごまで。 さいごまで。

          空の上のペダル屋さん

          遊ぼうよ。ぼくら楽しいから、ペダルをふむんだよ。 ペダルをふんで、はじめよう。 このはしごをのぼって、あのおうちに行けばペダルは手に入るよ。 息をするように遊ぼうよ。 きみだけのペダル、手に入るよ。 緑の絨毯。春草の匂い。風にまかせ、ちょうちょがひらひらとんでいきます。 澄んだあおぞらの下、どこまでも広がる野原の上で、ひつじさんはおひるねをしていました。 そんな夢をみていたひつじさんの鼻先に、ちょうちょがちょこんととまりす。 「そうだ、ペダルを買おう!」 ひつじさんはとつ

          空の上のペダル屋さん

          電車が通る高架線の下で

          そのノイズは必要だった。 だから、ぼくはゆっくり呼吸をする。 「美しいと思ったんでしょう?だったらきっとこの先もずっと美しいよ」 ぼくが好きだったのは、そんなことを言う橘先生だった。 先生は現代国語を担当する若い男性の教師で、ぼくが所属する文芸部の顧問だった。 先生は生まれも育ちもこの町だった。 前に、先生の母もこの町で生まれ育ったという話を聞いたことがある。 愛しそうに、独特の方言を話す母より、都会生まれの父の方が「訛っている」ように感じていたと授業で話していた。 それだ

          電車が通る高架線の下で

          うわの空

          チェス盤の上で、ぼくたち駒になったみたいだね。 野ねずみさんとこいぬのカイくんは落ち葉のベッドの上でチェスをしていました。 「ルークがうごくよ」 「ビショップは僧侶でも、象でもあるんだ」 駒のとりあい、カチカチした音と跳ねるひかりの粒たち。 ふたりの間を通りぬける乾いた風で、目の前のカラタチバナの実がゆらゆら揺れています。 「ぼくきづいちゃったんだ。このままルークをうごかせば、ビショップがとれるよ!」 「わあ、やっぱりカイくんはじょうずだなあ」 カイくんが白の駒を動かし、野

          ルシッド·ドリーム

          発するということは、得るということだった。 初めての音は、いくども方向をかえて、流星群となって、ぼくらにふりそそぐ。 エイトビートが真空を刻んで、揺らす。 そのグラデーションの成層圏の下ではまだ太陽がしずみきっていなかった。 フクロウとぼくは小高い丘で、一本だけたっているモミの木の上とその横にいました。 ぼくは言います。 「なんか目をあけてねむっているみたいだね」 「本当だね。ねむりとは準備なような気がする。すべてには準備が必要なんだ。とつぜん幕が開けたらつまらないだろ?

          ルシッド·ドリーム

          Girls’ Xmas

          カーテンは白いレースに真っ赤なバラ柄。 世界はピンクと白のホイップクリームにいちごがのってればいいの。 白いお皿の上にパンケーキをつみかさねる。ひどく文学的な作業よ。 いやんなっちゃう!シャンパーニュだって用意しなきゃいけないのに。 あの子たち、どこいっちゃったのかしら。 七面鳥なんていらないわ。お砂糖が合わないもの。 そうよ、お砂糖しかいらないの。お砂糖だけがあたしの喉を潤してくれる。 過剰なくらいが、ちょうどいいわ。 耳に赤いリボン。首輪は別注。 今日のために

          Girls’ Xmas

          blueholic

          ぼくに息をさせないで。 深いみずうみの底に沈めて。 えいえんに。えいえんに。ずっと。 「美しい」の水圧にとじこめて。 その音しかきこえないようにさせて。 それ以外は何もきこえなくなりたい。 それほどまでに鮮烈な青。 からだ中を美しい猛毒で蝕んでほしい。 沈んで、沈んで。できたらぼくは、 青ずんだ太陽の一部になりたい。