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現実から過去に巻き戻されていく映画「ペパーミントキャンディ」

先日見た「バーニング」と同じ監督の映画「ペパーミントキャンディ」を観ました。(アマプラでデジタルリマスター版が視聴可能)

最近ハマった「We Best Love」という台湾BLドラマの中で最も気になる俳優さんとなった石知田くん。彼がオススメしている(らしい)映画だったのでチェックしちゃいました。こういうところが推し活の無限さなのです!

 「We Best Love」って何?の方は宜しければ↓こちらを。

  鉄橋近くの河原、同窓会のピクニックが開かれ、男女が酒を飲みながら音楽をかけダンスをしているところに、場違いなスーツ姿の男がふらふらと迷い込む。一同はその男を見るなり仲間のキムであることがすぐわかる。誰もが連絡が取れなくなっていたキムは、誰の記憶にもない虚ろな姿でヤケクソに歌い踊り、しまいにはふらふらと線路の上を彷徨い歩く。やってくる電車、高鳴る汽笛、キムは両腕を突き上げ列車に向かって叫ぶ「戻りたい、帰りたい!」と。
一体どこへ帰りたいのか。キムを駆り立てているものは何なのか。

現在からどんどん遡っていくスタイルで、キムが帰りたい場所を観客と共に探っていくような物語。

3日前、5年前、12年前、15年前、19年前、20年前。
各章を繋ぐのは、ずっとつながる線路を追いかける電車からの視線でこれから出かけていくような高揚感がある。ただし脇を通る電車や人々は逆回しで、あぁ私たちは今から過去を登っていくのだなと感じさせてくる。

冒頭に出てきた「現在」のキムは、場違いで似合わないスーツを着て、誰の声も姿も見聞きしていないようにふらふらと生きている。そこにいるようでいない。ならばキムはいつの時代の自分を「本当の自分」だと思えるのだろうか。

遡るたびに、キムはその時々で「今」を生きているのだけれど、時代時代で職業を変え、住む場所を変え、考えを変えている彼の、本来の姿など何もないように虚しく見える。

ただ彼が自分を蔑む必要のなかった時代を想起させるのは「ペパーミントキャンディ」。それは20年前に出会った初恋の人がくれた思い出の味。自分の働く工場で作っているという飴を差し出されてはじまった関係は、彼が兵役中も大事にしていた2人を繋ぐ大切なものだった。
ただそれは時代の情勢により、踏み付けにされたまま彼の中で燻り続けていたけれど、自分が汚れてしまったと感じた瞬間から彼の中の初恋は彼自身で決着をつけていた。

彼女が褒めてくれた優しい手、それを自分が失ってしまったことを痛切に感じながら彼は別の人生を歩むことを決めた。

本当に帰りたいのはこの瞬間なのか、ペパーミントキャンディを口にしたあの日なのだろうか。

彼が同窓会に現れる三日前、何もかもに嫌気がさし、落ちぶれた彼は自分の手で人生を終わらせようとしていた。彼は戸惑う、どうせなら誰かを道連れにしてやりたい。ただし誰を道連れにして良いのか、誰が自分の人生をこんなふうにしてしまったのか、元凶も共に死にたいと思う人も、今の彼には思い浮かばないのだった。

それは恨みたい人が山ほどいるようでもあり、結局は自分のせいなのだと諦めるようでもあり、絶望に暮れている。そこに差し出されるのが、不似合いなスーツと自分を死の淵から呼んでいるというかつての恋人。彼は彼女が遺したと言ってくれたものをその日暮らしのアテにするように、非情にもすぐに売り飛ばす。感傷も自分の手で潰した恋も、彼の心を慰めるにいたらない。ただ彼自身の贖罪の気持ちに新たな傷が加わっただけだった。

彼は時代に翻弄され、自分を見失った。見失ったまま進んだ人生は結局は自分の思い通りにならなかったクズのような日々。思い返しても戻りたいと叫んでも、今更どうしようもないのだけれど、彼は死の淵にいて、絶望の際に立って、何を一番に後悔しただろうか。

あるときは刑事として容疑者と思しき男を感情に任せて殴り飛ばし、あるときは経営者として成り上がった挙句、妻の浮気相手を小突いた手で従業員の女を抱く。
初恋の彼女が好きだと言ってくれた手は決定的に汚れてしまった日からその汚れを打ち消すようにさらに泥まみれになっていく。最後に彼が電車に向かって突き上げた両手は、一番キムが捨て去りたかった矛盾だらけの我が身だったかもしれない。


最後に石知田くんはこの映画のどんなところに惹かれたのかなと思う。主人公のキムを演じたのは韓国の名優ソル・ギョングで30代だった当時、純真無垢で誠実な20代の青年から、全ての人生を諦め切ったくたびれた40代の中年まで、その圧倒的な演技力で演じ切った。そういう部分が俳優として参考になるのかもしれない。


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玉置ゆう
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