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「最後の講義」―三羽鳥さんの企画#百人百色参加
三羽さんの企画「百人一首で百人百色」に参加させて
いただきました
96. 花さそふ 嵐の庭の 雪ならで
ふりゆくものは 我が身なりけり
(入道前太政大臣) 『新勅撰集』
現代語訳:桜の花を誘って吹き散らす 嵐の日の庭は、
桜の花びらが まるで雪のように降っているが、
実は老いさらばえて古(ふ)りゆくのは、私自身なのだなあ
これを踏まえて 昭和の世界を記載いたしました。
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題「最後の講義」
1948年(昭和18年)神田の街も 戦時下と無縁では
無かった。「すべてを戦争に」「学徒よ 今こそ立て」等
のポスターが目立つようになる。
「星 好典」は神保町の大学で、経済学の教鞭をとっている。
白い髭を たくわえ、痩身で いつも質素な背広上下を纏う。
その容貌と気性から 「最後の古武士教授」と言われたりした。
戦時下でも 大学生は国の未来の担い手として兵役を免除され
大切にされてきた。
しかし戦局悪化のため 時の東条内閣は「徴兵延期措置を撤廃する」
ことを決めた。 明治神宮で10月21日 「出陣学徒壮行会」挙行されることとなる。
その前の週 星の経済学の「最後の講義」が大講堂で行われた。
教室は 満員となり 立ち見の学生もいた。
星は 白い髭をなでながら、深くお辞儀をした後 授業をはじめた。
日米の経済の現状と西洋列国の経済事情を淡々と説いたあと、
星の口からは 当時としては控えるべき「花むけ言葉」がついて出る。
学生たちはみな眉をあげて、彼の声に耳をかたむけた。
すべてが戦争のためにと 向かっている社会では、人命よりも
国の大義と献身が はるかに 重んじられた中では 勇気のいる言葉だった。
「ここにいる ほとんどの諸君が、明日出征する。
この日の来ないことを、願ってきたが 詮無いこととなった。
私は{国のために死ぬ}、{軍神となって帰郷せよ}とは言わない。
どうか 必ず生きて戻って来てほしい。
そして これまで学んだ力で
この国の未来を 切り開く防人(さきもり)と
して 国に奉公して欲しい。
決して 命を粗末にせず、学問を常に忘れるな。
来年の春 校門の 桜の花の下で
私は 諸君の帰りを 待ち続けている」
教室内は 朝の高原の 湖面のような 静けさに覆われ、
あちこちで すすり泣きの声が止まなかった
学生たちは 教壇に歩みよって 固く師の手を握る。
「必ず 戻ってきてくれよ」 星は一人一人に投げかける。
10月21日 「出陣学徒壮行会」当日。
学校の校門前では 多くの出征学徒が学生服姿で
幾重にも輪となって 肩を組み 校歌を歌い続ける
足にゲートルをまき 頬をくれない色に
染めて その姿には神々しさが宿る。
これを見守る 学長や星は 口を真一文字に
結び 大事な教え子たちを 無言で お辞儀をして見送る。
出征後、数か月を過ぎる頃から 星の元に
教え子の戦死の報が 届くにようになった。
戦場から出される 手紙には
「もっと大学で経済史の勉強をし、
歴史を創造する 流れの中に身を置きたい」と
学問や人生への 未練の思いがつづられていた
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星の心に 灯(とも)っていた 沢山の教え子の炎は
戦死の公報が届くたびに
ひとつづつ 吹き消されていく。
それに 合わせて 星は気力を失っていった。
白い髭は その白さを増し、
心なしか背も 曲がり始めた。
自宅には 出征した教え子の
名簿を 仏壇に供え
その前で 何時間も祈り続けた
年が 改まり1949年4月となり
校門前の 桜が散り始める。
あでやかに咲く 桜木は 毎年
新入生を その頬を 桜色に
染めてきた
しかし 戦争は 終わる気配がなく
教え子たちは 誰も 帰ってこない。
星は 舞い散る 櫻花のしたで
待ち続けた。 教え子たちが
日焼け顔で 校門を入ってくる
姿を 一目でも見たいと 桜の
大木に 祈った。
桜の花びらの 一片 一片が
教え子のように 星に 別れを
告げながら 風に舞ってちる。
花びらは 星の肩や背に 倦むこと
なく積もり続ける。
星は 両手足を 地につき、
四つん這いになり 動かない。
涙は いくら堪えても
次から次へと 湧いてくる。
「自分は 教え子たちを 救えなかった。
まだまだ 若い彼らに、教えたいことは 山ほどある。
彼らの 魂にどう詫びればいいのか」
無用に 歳を取り 老いさらばえていく身。
学問の力で 国の発展に寄与しようと 教鞭を
とってきた。
しかし 気が付けば そんな 自分も
はや 散り際だと 覚悟した。
桜吹雪の空を、「最後の古武士教授」は見上げ続けた。
三羽さま 和歌とはイメージがずれてしまったかも
しれませんが、どうぞ よろしくお願いいたします
(1997文字)
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