はる

文章の練習場。才能の水やり場。

はる

文章の練習場。才能の水やり場。

最近の記事

「お前の書く1秒は、誰かの人生の1秒になるんだよ」

Netflixの『フォロワーズ』を見た。 女優を目指して芸能の世界を駆け上がっていく、池田エライザ演じる百田なつめ。彼女が「演じる」という自分の夢に自暴自棄になった時、彼女の同志であり恋人のYouTuberヒラクが言う。 「お前の演じる1秒は、誰かの人生の1秒になるんだよ」 私は、なつめと違い、「演じる」ではなく「書く」に人生をかけている。 私は、ちょうど一年前、新卒で採用してくれた大きな企業を放り出してしまった。書くことを仕事にしたかったからだ。始めるなら早いに越し

    • 『大好きだった先生が』

      「また会おうね」 渋谷駅でホームドアが開いたとき彼がそう言ったから、私は反射的に頷いた。その途端に彼は、大勢の乗客のうちの1人になった。ついさっき、その瞬間まで、先生だったのに。 容赦なくホームに流れる人の波。そこに、さっきまで目の前にあった緑色のマフラーが見えた。その結び目はもうこっちを向いていない。車内は一気に空き、私は目の前の座席に腰を沈め、目を閉じた。 ◆ インクを薄めたような独特の匂いのする誰もいない授業後の教室で、一週間分の質問をする。それが私の習慣だった

      • 気を許したり、気が緩んだり、他人だからこそ私たち忙しい

        久々に会えた!のに、彼が先にいびきをかいて一向に起きない。「気を許す」が「気が緩む」に変わってしまったなあ。ちょっとだけため息をついた。 気を許している、というと聞こえはいいよね。でも気が緩む、は怠慢で、リスペクトがなくて嫌だね。 そう考えていると、(そういえば…)とあることを思い出した。それは、初めて彼に寝落ちされたあの日の感動のことだ。 今の彼と一緒に住み始めて数カ月。 彼は、「ごめん、眠い。」と言って、映画かなにかを見てたのにパタンと寝た。 私はその映画がなにか

        • 【想像力で救いたい】〜破滅寸前の東京からの手記〜

          2020年6月。東京は去年より早く梅雨があけたようで、止まらない咳と涙を拭いながら、私ったらずっと医者を探している。 全く、医者はどこへ行ってしまったんだろう。 もしいたら、私より危機的容体の大好きな彼氏を大至急見てもらいたい。 連絡は、全然つかないけど、生きてるとは思う。思う。 ああ、それにしてももう一週間くらい咳が止まらない。 ”なんでもっと早く手を打たなかったかな” と、そんな風に後悔するのは世の常なのかもしれないね。 ほら、例えば、定期試験前の夜とかね。

        「お前の書く1秒は、誰かの人生の1秒になるんだよ」

        • 『大好きだった先生が』

        • 気を許したり、気が緩んだり、他人だからこそ私たち忙しい

        • 【想像力で救いたい】〜破滅寸前の東京からの手記〜

          ゆたかすぎる想像力は、社会的人間には不自由か。

          「書籍代だけはケチるな」と、両親にそう言われて育った。 図書カードは自由にいくらでも貰えたし、今でも欲しい本があれば言えば買って貰える。本当に、なんて素晴らしい親を持ったのだろうと思う。 おかげで育った想像力は、私の脳のキャパシティーをひどくひどく拡大させた。今やルフィーのお腹のように無限大まで伸びる。 例えば、私は目を瞑ると出会える。 未だすれ違ってもいない、冬なのにトレンチコートを着て凍えながら六本木交差点を歩く男性の鞄の傷みとか、見たこともない、東神奈川の駅ででっ

          ゆたかすぎる想像力は、社会的人間には不自由か。

          口だけでも笑ってたら、なんか漲ってきた。

          秋口に講談社さんから賞を頂いて、それが夢の進捗グラフのピークのようになってしまっていた。 10月末頃からの、緩やかな堕落。 だけど「2020年」なんていう年号は、何かをしでかさなきゃいけない気がするくらいキリが良くて、私はしっかり襟を正してその年を迎えた。 だけどだけど、相変わらず会社の仕事があり、日常はバタバタしていて、ここのところ色んな人に聞かれた。 なんか、疲れてる? 「疲れてる?」という心配は有難くも、自分が今生き生きしていないことを指摘されてるのと同義だと思

          口だけでも笑ってたら、なんか漲ってきた。

          「本当の人生」のせいで破裂寸前で、ハリーポッターの風船おばさん状態。

          社会人1年目の私は、結構な激務の会社にいた。 業務量も多かったけれど、なかなか帰れない雰囲気があったり、そして深夜や朝方まで続く夜のお付き合いがとても多かった。 今考えればそんなん断って効率よく仕事をする方がいいに決まってるのだけれど、時代が微妙にまだ後進的で仕事よりプライベートを優先することに不寛容だったと思う。 と、何より私自身がそのような時間の使い方に違和感を持っていなかった。 仕事仕事仕事! と邁進することが普通だったし、プライベートは仕事の次にあるものだっ

          「本当の人生」のせいで破裂寸前で、ハリーポッターの風船おばさん状態。

          憧れの作家・角田光代さんに会ってしまってから

          「これから毎日note書くぞ!」とか昨日決めたのに、ほーらもう結局無理じゃんて思った。 新宿から乗った小田急線はもう経堂についていた。シンプルに(あーあ…)って思った。 そのとき、なんか急に、あることが浮かんだ。 因果関係はまるでないけれど、浮かんだ。 それは去年の7月。 表参道のクレヨンハウスで実施された西加奈子さん×角田光代さんのトークイベント。 向田邦子さんの『字のないはがき』の絵本版刊行記念のそのイベントに来たお二人は、ほんとに眩しかった。 確か、イベント開

          憧れの作家・角田光代さんに会ってしまってから

          幸せなおバカさん

          「幸せなおバカさん」と言って、母はとても愛しそうに笑った。 私も笑った。 その通りだよなあって思う気持ちは半分。 でも、見ててよ?って思う気持ちがもう半分。 私たちは、お風呂上がりに、2020年にやりたいことを話していた。 私は、「情熱大陸に出て、紅白の審査員に呼ばれること」そう言った。 「幸せなおバカさん」だよね。私だって、そう思ってはいる。 何者かになりたいだなんていうほど漠然としてないし、 有名になりたいなんていうほどスカスカの目標でもない。 具体的な

          幸せなおバカさん

          「結婚、することにした」

          渡月橋が見える嵐山の小さなカフェで、 その子は照れ臭そうに言った。 窓からじんわりとした陽が射す。 桜色の薄手のブラウスがよく似合っている。 帰省ついでに連絡をしたら、話したいことがあると言った君。 興奮した感じで「おめでとう」と立ち上がるのも違う気がしたし、 「幸せになってね」は、悔しさが滲み出そうな気がしたし、 それで、「春が来たね」と言った。 ちょっと、茶化すような感じになってしまった。 前に2人で嵐山に来た時は、お互い14歳で、地元の中学生で、 桜

          「結婚、することにした」

          冷めた唐揚げにほくほくした話。

          その日、2人で選んだ夕食の居酒屋。 それは居酒屋というより割烹料理屋のような佇まいで(女将さんが割烹着ではなく紺色の「キンミヤ」と書かれたエプロンをしていたから、割烹料理屋ではないと私は思っている)、コの字型のカウンターに座った8人くらいのお客さんは、みんな常連だった。 素敵なお店だった。蚊取線香の匂いがかすかにして、女将さんの愛想も良く、静かな笑いが時々起こる。モツ煮込みやらメンチカツやら揚げ出し豆腐やらはどれもとても美味しかった。 けれど。 けれど、私たちの感覚で

          冷めた唐揚げにほくほくした話。

          チロルチョコがもうなくなるから、私は書く以外なかった。

          週末のプチ旅行で、ホテルに向かう直前に買ったチロルチョコの25個入りパッケージ。 その残りをくちゃくちゃと食べていたら、残りあと3個になっていた。 今日は彼と会える日だったから、仕事もいつもよりちょっと頑張れたし、化粧もヘアも丁寧に施してルンルンという感じだった。 だったのだが、彼は約束を忘れていた。 約束してたっけ?という感じで。本当に。夕方になって、発覚した。 「仕事が忙しくて、今日はちょっと厳しい」らしい。 忘れていたというのは、悪気がないってことだから、ま

          チロルチョコがもうなくなるから、私は書く以外なかった。

          羽田空港にて、平日の真っ昼間から。

          ザクザク。 そのあとの、シットリ。 柔らかいのにみっちりした、ありがたいまでの肉繊維。 今日は、ロースではなくヒレの気分だ。 何故だか、圧倒的に。 彼もどうやらそうだったようで、私たちはメニュー表を開いた瞬間、右半分のページを注視した。 「黄金のヒレカツ」を使ったあれこれのメニューが輝いている。 「黄金のロースカツ」には一瞥もせず、しばし黙って熟考。 平日の昼間から空港のレストランでゆったりランチをするというのは、私のひとつの憧れだった。 去年まで広告代理店で忙しく働

          羽田空港にて、平日の真っ昼間から。

          熊本ラーメンと、縋るように願う2年後のこと。

          修復中の熊本城は、当たり前だけれど2年前とおんなじ位置で光っていた。 アーケードの下で何件かハシゴをして、そのまま打ち上げ花火を見に行った。2人して記憶がなくなるまで飲んだ。 小さなホテルのベッドでくっついて寝て、どうやって帰ったんだっけ?なんて話す、二日酔いの早朝。 市街を見下ろす窓から、ばーんと見える空。 それは朝焼けによって夕方みたいな橙になっていて、で、私たちは、ホントは時計が嘘で今は夕方なんじゃないかってくらいにやたらにお腹が空いている。 さっきまであんな

          熊本ラーメンと、縋るように願う2年後のこと。

          焼き明太子とかがあるから、私は別れることができない。

          でぷんとした焼き明太子が2本、2センチくらいのちょうどいいサイズでカットされている。それを2人でつつきながら、日本酒を注ぎ合う。 こういうのは私たちにとっては日常だ。強めのお酒と味の濃い肴に、お互いの声。 昨日の荻窪の夜は、秋の匂いがかすかにして、恋の終わりにもってこいの雰囲気だった(霧みたいな雨がふっていればもっとそれっぽかったかも知れない)。だけれど私たちの関係は終わってなくて、順調な感じで続いていて、で、明太子をつついていた。 いつもみたいに私はお気に入りのワンピ

          焼き明太子とかがあるから、私は別れることができない。

          こんな気分の朝は、小葱を刻むしかなかった

          小葱を、今朝は丁寧に丁寧に刻む。 4ミリくらいの真緑のかけらたち。きっちりサイズの揃ったその集まりを、茹で焼きした薄切りの豚肉の上にどうっと乗っける。 ポン酢をかけ、飾りくらいのマヨネーズを乗せて、完成。 そうやって暮らすことに集中をしないと、感情に支配されてしまいそうな朝だった。 例えば、一昨日彼が泣いて謝りながら私に言った「別れたいとは思ってない」の「とは」について。もし「別れたいなんて思ってない」だったら、どんなにか救われただろうに−とか、そんなことについて。

          こんな気分の朝は、小葱を刻むしかなかった