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たまには考察しない記事も書こう

筆者は普段、1つの記事を仕上げるのに短くても3時間かけ、大抵は数日から1週間ほど時間をかける場合が多い。

これは筆者の記事作成プロセスが以下の流れに沿っていることが多いためである。

  1. 記事のテーマに関連する情報の収集、調査

  2. 内容の検証

  3. 結果の分析、考察、整理

論文を書くわけでもないのに、INTJの主機能である内向的直観(Ni)が働いて、妙にこだわり始めて試行錯誤していると、投稿までにかなりの時間を要してしまうのだ。

仕事や私生活が忙しかったりすると、記事の更新が停滞して、やがて記事を書くという習慣すら薄れてしまう気がしている。

そして最近思うのは、Noteにおいては記事のテーマの需要に偏りがあるということ。

書きたい内容、例えば自分が好きな映画やアニメに対する考察を1万字で書いたとしても、マイナーな作品であった場合はきっと読まれない気がする。

では、Noteの住人たちが求める記事を書き続けるのが正解か。

否、それはそれで疲れるし、同じジャンルの記事を書き続けるのは、自分自身も飽きるのではないかと思う。

書きたい内容と需要は必ずしも一致しないことを気にしていると、結局何も書けずに終わってしまう場合がある。最近の自分がまさにそうだ。

そうやって悩んでいると、情報を集めたのに記事の投稿が面倒になって、企画倒れになる。

ここまで書いて、タイトルが『たまには考察しない記事も書こう』だったことを思い出す。

既に思いっきり考察している気がするので、難しく考えるのはこの辺で終了。

ここからが本編。

考察せずに短時間で書ける記事とは何か。その答えが以下に続く。

晴天と曇天の境界
雨上がりの鏡面に映る都会の空
黄昏あるいは、かわたれ
デジタル時計

要するに、"Don't think. Feel it. " なコンテンツ。
ジャンルは何だろう、日記になるのだろうか。

情報の収集や調査、検証、分析、考察、どれも不要なので非常に楽である。

本記事の前半部分の文章が無ければ、恐らく10分ぐらいで仕上がっていただろう。

まあ、需要があるかどうかは、あなたのNoteにおける人柄の人気次第ではあるが。

記事を書くことが億劫になったら、「日常」を書くことをお勧めします。
ただし、プライベートを絶対暴露したくない人は無理せずに!

補足。本記事の写真はiPhone 15 Pro maxで撮っております。
最近のスマホは画質がすごいね。

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