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秋谷りんこさんと、ナースの卯月が視てきた世界

私、感想文が苦手です。
物語が素敵であればあるほど怖くて何も書けなくなります。

この感動を伝えたい。この話を多くの人に読んでもらいたい。
そう思っても、私の言葉では伝えられない。
もどかしいどころか、その作品の世界を壊してしまいそうな拙い言葉しか出てこない自分が嫌になります。

でも。
感想、といいますか
秋谷りんこさんのデビュー作、『ナースの卯月に視えるもの』を拝読し、ちょこっと分かったことを残しておきます。

半年前のオンラインイベント「デビュー作はこう磨け!」や、今回の「オフライン創作会&トークイベント」でのこと。

秋谷さんはこのようなことを気にされていた。

悪人が書けない

この悩みに対する新川さんの解答は大変勉強になる。それを受けて改稿されたこの本では、「違ったベクトルを向いた人たちのバトル」のようなものもあるのかもしれないと思っていた。

けれど、そうではなかった。

明らかに悪いことをした人物は、ちょくちょく登場する。犯罪であればその内容がきちんと書かれ、感情であればその毒気のある言葉も示されている。
けれど不思議なことに、そのページを過ぎても黒く渦巻く悪がひとつも残されていない。
悪人だってよいところはあるよ、という綺麗ごとで誤魔化されれているわけではない。

これは、卯月の一人称で語られる物語。
きっと「卯月の眼を通したらそうなってしまう」ということなのだ。

卯月は、悪に対して怒りもするし、きっと悲しんでもいる。
でも、文句言いたいとか、悪を成敗したいとか、そういった思いではない。あくまで、つらい人や困っている人を助けたいという優しい気持ちしか、そこにはない。

彼女の視点を通すと、読んでいるこちらも同じように悲しみ、より他人に優しくしたくなる。悪を憎むより、困っている人に手を差し伸べたくなってしまう。

卯月や、秋谷りんこさんのフィルターを通せば、自然とそんな気持ちになってしまうのだということが分かった。



また、秋谷さんは改稿にあたってこのような事を気にされていた。

専門的な説明をどこまで書けばよいのか。
教科書のようになってしまわぬよう

大意

「お仕事部門」として受賞した作品。
看護師の仕事内容も、その裏側も知りたいし、物語も楽しみたい。
知っているようで知らなかった分野を細かく知れるという「お仕事小説」は読者の知的好奇心を刺激し、高い満足度が得られる。
だから私はお仕事小説が好きだ。

秋谷さんが看護師だったことを生かした作品は過去に読んだことがある。
その時に、病院内の描写にリアリティがあり、そのような作品を書ける職業経験があることを大変羨ましいと思っていた。

今回の作品の「お仕事レベル」は、その比ではなかった。

「教科書や辞書のようにならないよう」という言葉を真に受けた私は、サラっと読める程度の医療情報なのだろうと思っていた。
ところが、とんでもなかった。

全く目にしたことのない単語が随所にちりばめられ、説明しなくても物語は理解できるだろうけど、という細かい部分まで分かりやすい説明が加えられていた。
これは、説明過多という意味ではない。

「とてもありがたい!」「なんてお得なの!」とウホウホした。

いくらググってリサーチして、あるいは取材したりして……だけでは絶対に書けないレベル。
やばい。お仕事小説は私には書けない……と落ち込んでしまったのも事実。

だけど、小説業界に新たな光が差し込んだのではないだろうか。
「医師であり作家」である方はすでに複数いらして活躍してらっしゃるが、「看護師経験あり、しかも面白いミステリまで書ける作家」という方を私は知らない。

秋谷りんこさんという存在は、この業界になくてはならない逸材に違いない!
と確信した私であった。

さて。

そんな緊張の糸がはられた医療部分も好きだが、看護師たちのもぐもぐタイムが私の心を癒してくれた。

そして最終章の透子さんのセリフ。
それが、命あるもの全てを肯定してくれているようで涙が出た。

加えて、各章の最初や最後の一文がとても好きだ。
忽然といなくなってしまった千波と、本当は一緒に歩んでいけるはずだった季節が、卯月にゆっくりと流れていく。

でも最後まで読めば分かる。
卯月の視線の先には、希望の光が降り注いでいる。

空を見上げ、大地を踏みしめ、鳥の声を聞き、心の中に愛おしいものを抱いたまま前向きに歩んでいく卯月。
彼女たちと一緒に私も、季節を感じて歩いていけることを幸せに思う。



そんなことを感じた、大切な一冊となりました。

素敵な作品を届けてくれて、ありがとうございました。


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豆島  圭
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