時計じかけのトランプ
キューブリックの映画は奇妙なタイトルが多い。
『アイズ・ワイド・シャット』はアイズ・ワイド・オープン(しっかり眼を見開いて)のひねりだから「しっかり眼を閉じて」になるのだろうか。
「結婚する前は、眼を見開いて彼女をよく見なさい。結婚後は薄眼くらいで見るのがちょうど良い」という、ベンジャミン・フランクリンの結婚にまつわる警句を題名にしたらしい。
妻の言葉に、翻弄され妄想するトム・クルーズの映画だった。
そして『Dr.ストレンジラヴ または、私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』の長過ぎタイトル。
困った日本の配給会社の苦肉の策「Dr.ストレンジラヴ」だけを生かして『博士の異常な愛情』という邦題にする。
破滅に向かう世界、エンディングの地球を覆う、沢山の美しいキノコ雲。
ノーベル平和賞に日本原水爆被害者の団体が選ばれた。
ノーベル財団が選ぶ理由は、脅威があるからこそ、と想像出来る。
そして、『時計じかけのオレンジ』も奇妙な、不思議な、題名だ。
「見た目は普通のオレンジだが、皮を剥くと中身は機械だらけのオレンジ」
普通の顔をした変人・異常者を意味している。
映画の主人公は、暴力や暴行レイプを繰り返すアレックス少年。
最後は手術で洗脳されてしまう話だった。
キューブリックは、いつもカオス(混沌)を描く。
『2001: Space Odyssey (叙事詩) 』。
スターゲートの向こう、人類を迎入れるのは、新しい未来なのか、それとも最悪のカオスなのか。
アメリカ大統領選挙が始まる。
未来は、ハリスなのか、トランプなのか。
私は小説『ピノキオは鏡の国へ』で、ゲッベルスやヒトラーと戦うヒロインを描いた。
ヒロイン蟻亜三久は、戦争にひた走るヒトラーの時代に飛び込み、歴史を変えようとする。
ナチスのプロパガンダがどう行われたか、どうしたら阻止できるのか。
レニ・リーフェンシュタール、フリッツ・ラング、スタンリー・キューブリック。
多くの監督たちが、このドラマに登場し、自作のプロパガンダ映画を語る。
作為を持った映画が導く未来。
ヒトラーとゲッベルスは、映画に何を仕込んだのか。
『意志の勝利』『ベルリンオリンピック』、レニ・リーフェンシュタール監督が映像に隠した意図とは。
小説はフィクションに過ぎない。
書いていると、ヒトラーとトランプが重なった。
敗戦後、ヴェルサイユ条約で、第一次大戦の連合国への膨大な負債を課せられるドイツ。
困窮の極みに居たドイツ国民の前に,救世主の様に現れたヒトラー。
ヴェルサイユ条約を無視、パンと仕事を与えるという言葉に国民は歓喜する。
ヒトラーは国民に選ばれ、民はラジオの前に集まる。
耳障りの良い演説。都合に良い言葉が並ぶ。
歓喜する人々。
ナチの破滅の道が始まる。
独裁者が行う行政は、いつの時代も同じ。
必ず多くの国民を死に追いやる。
ヒトラー、スターリン、プーチン、みな同じ。
トランプは、経済や移民問題を国民の鼻先に吊るして見せる。
国民の多くは、バイデンのせいで景気が後退したと言い始める。
プロパガンダは、すでに始まっている。
自己ナルシズムを満足させる為だけに大統領を目指す男。
トランプは、プーチンを「偉大な指導者」と褒める
ヒトラーを「彼は良い事もやっている」と言い放つ。
独裁者を目指すトランプが見えてくる。
国民は、それでもトランプを支持する。
「歴史は繰り返す」と先人は言った。
トランプが選挙に勝てば「終身大統領」になると発言している。
その為の憲法改正にも言及している。
絶対権力を持つアメリカ大統領。
認知症を心配される男が、最高権力者の地位に就こうとしている。
プーチンの暴走。
ミサイルや核実験を続ける北朝鮮のウクライナ派兵。
もちろん、最前線に行くのだろう。
第三次世界大戦は、もう密かに、静かに始まっているとしか思えない。
狂ったオレンジ時計の針が、逆に回り始める。
晩年、反戦映画ばかり作られた大林宣彦監督の言葉が残っている。
「もう戦後では無いですよ、我々は今、戦前という時代に生きている」
大統領の異常な愛情。
この現実世界に映画の様なエンドマークが付くかも知れない。