小さな芝居、大きな芝居、俳優たちの演技法。
日本には何人くらい俳優さんが居るのだろう。
舞台俳優だけでも新劇や歌舞伎俳優、小劇団など、とても広い。
モデル出身やアイドル、歌手、お笑い芸人まで映画やドラマに出演する。
面白いのは、セリフや動き、芝居の「質」が、それぞれの出身分野で異なるのだ。
CMの場合、秒数制限が有るから言葉などあらかじめ決められ、アドリブは少ない。
ずっとCM畑の私は、芝居の質など考えもしなかった。
初めてドラマ演出をした時に、出身分野によって芝居の質が異なるのを感じた。
モデル出身のまだ若い沢村一樹さんで刑事ドラマを撮った時、彼の芝居は普通の会話するようなトーンだった。
たぶんボイストレーニングなどしておられないだろうし。
でもドラマ芝居はセリフを「ボソボソ」と言っても、音声さんのアームマイクが拾ってくれる。
外ロケの時は騒音などあるし、私はヘッドホンを付け、セリフを確認する。
なんの問題なく撮り終える。
舞台の人は、観客に聞こえるよう「張る」セリフになる。
間の取り方、抑揚の付け方も眼の前にいる観客を意識した物になる。
名優、仲代達矢さんとは最初ナレーションのお仕事だった。
能登の海に、タンカーから石油流出事故。
全国から集まった寄付金で海が綺麗になった事を伝えるCMだった。
打ち寄せる能登の青い波を主映像にして、漁師さんや朝市のおばちゃん、海辺の子供たちをモンタージュする。
能登に縁のある仲代さんのナレーションでお礼する内容。
録音スタジオに、マネージャーと仲代さんが来られる。
お付きの女性マネージャーが「好きな様に注文しくださいね。ただのおじいちゃんだから」と言われる。
大物俳優の仲代達矢であっても、若い監督(私)に「ビビらなくてもいいのよ」との助言だと感じた。
アナウンス・ブースの仲代さんに、私は「綺麗になった『海の気持ち』で、一度テスト下さい」と言う。
仲代さんのナレーションは張り声だった。
『ありがとう、能登の海がきれいになりました。ありがとう!』
その声は、シェークスピア劇の様に張っていた。
やはり舞台の人なのだ。
私はマネージャーさんの言葉を思い出した。
そして「ちょっと、重過ぎる『ドーバー海峡』でした。優しい『日本海』でお願いします」
笑いながら仲代さんは修正して下さる。
ちょっとした青春ドラマを撮ることになって、主役ヒロインをオーディションした。
見た目も良くて、明るい芝居の“声優の娘”を選ぶ。
台本の「本読み」。
声優だから、彼女のセリフが「アニメ声」なのだ。
父親役や母親役、友人役は新劇関係の人ばかり。
彼女の芝居だけがトーンが高い。
「浮く」のだ。
アニメ収録の時、マイクに声を張らなければ他のキャラボイスに負けてしまうから。
私は「これはアニメではなく『お仕事ドラマ』だから、もう少し、声を抑えてお芝居してね」と注文する。
でも若い彼女はアニメ経験しか無いから、つい声が「張って」しまう。
「全然直らない。さて困った…」
私は、大胆な「禁じ手」を試した。
こんなお願いは、普通は有り得ない。
新劇の方々に「皆さん。発声トーンを彼女に合わせてください。芝居も大きくして大丈夫です」
理由が分かるから、みんなが笑っている。
舞台経験の多い脇役たちの「振り幅」に驚いた。
みんなが彼女に、ちゃんと合わせている。
逆にメリハリのある独特の芝居のリズムが生まれる。
思ってた以上に、青春コメディとして成立するドラマになった。
経験豊かな舞台役者の底力、恐るべし。
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