【小説】女子力ってなんだろう?
三角コーナーに張られた目新しいネット。残りの味噌汁をドバドバと流し込む。
今日も彼は帰って来なかった。
彼の大好きな豆腐の味噌汁。
空っぽになった鍋をスポンジで手洗いしながら、ふっとため息をついてみた。
「今日も徹夜になるかも。先に寝てていいから。」
日付けが変わる少し前にきたLINE。
彼が姿を見せなくなって、3日が過ぎた。
LINEのメッセージが来るから、大丈夫だと思う。でも。
同棲を始めて3ヶ月が経つ。彼のために料理の勉強もしたし、忙しい彼を支えるために、家事もそれなりにこなしてるとは思う。
鏡に映る自分の顔を見つめながらつぶやいてみる。
「わたし、カワイイ、よね?」
髪をアップにし、ファンデを叩き込んでいく。
今日は、どんな色にしようかな。水色?レッド?それともピンク系?
どうしても彼のことが脳裏をよぎってしまう。
彼と交わした愛の言葉。誰だか忘れたけど、ベッドの上での会話に真実はないって断言してた作家さんがいたっけ。
でも、私はウソだと思う。ベッドの上でこそ人間は本性を現すと思うの。
彼は、私のことを愛してくれている。
そう信じている。
「結婚」の二文字こそまだ彼の口から発されることはなかったが、彼はきっと私のことを愛してくれている。
淡いピンクのシャドウを指にすくい、ぱっちりおめめを作り込んでいく。
「わたし、カワイイ、よね!」
鏡の前でしなを作りながら今日の仕事の流れを頭の中で組み立てていく。
昨日YouTubeでみたタロット占いでもこう言ってた。
「彼氏さんでも彼女さんでもいいんですけど、その人は、必ずあなたのもとに帰ってきます。ワァー、今回神回かも。ヤッバー。わたしマジテンション上がってきた(笑)
もしかして復縁とかで見てる人がいたら、絶対成功します。そうでなくで、いやもう大事な人がいるよって人でも大丈夫!もしかして、彼氏さんや彼女さんと、今ちょっとした距離感ができてしまってるかもしれないですけど、絶対お相手さんは戻ってきます。だってカードがそう言ってるんだから。ヤッバー、手汗止まんねーっつーの。」
おちゃらけた彼女のキャラクターが私の心をなごませてくれる。ほかの占い師の人って、誰にでも当てはまることしか言わないからあんまり信用できないけど、彼女の占いはよく当たる。どうして私の気持ちがわかるのかしら?不思議〜!
そっか。彼は戻って来るんだ。ちょっとした距離感。でも、はるか遠くに行ってしまったような気もする。
たった3日間だよ。彼の仕事柄そういうことは多々あるし。
あれっ?今鍵をガチャガチャ回す音しなかった?
ふっと玄関の前に立ってみる。今にも彼がドアを開けそう。クタクタになった彼をサポートしながら、こういうの。
「お帰りなさい。お仕事大変だった?今日はあなたの好きなお豆腐の味噌汁とハンバーグだよ。」
誰もいない玄関の前でひとり妄想にひたる私。
ちょっとキツめのパンプスを履きながらひとりで出勤する。
大丈夫だよね。彼に限って浮気なんかありえない。そりゃ、まだ正式に結婚したわけじゃないけど。
もし彼のカラダから女のニオイでもしてこようもんなら、夜な夜な包丁を研いでいる鬼婆さんに登場してもらうから。絶対に許さないんだから。
不器用な彼にそんなことできっこないよ。根っからの仕事人間だもの。私は彼を信じてる!
地下鉄の警笛が世の中の無常を照らし出している。
人の心はうつろいやすいものなんだけど、今日も地下鉄の車両は、私の肉体をあの冷徹なビジネス空間に投げ込んでいく。
今日もお仕事頑張らなくっちゃ!
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