
【社会人留学2年目(交換留学中)】フィンランドのスタートアップ・エコシステムと起業家精神
こんにちは!アアルトでの最初の試験を終え、つかの間のフリーな時間を過ごしています。
試験ではエッセイ3題が出題されましたが、どれも興味深いテーマで、思わずにやにやしながら回答してしまいました(笑)。問われた内容は以下の通りです。ご覧のとおり、会計に関連する授業ではありますが、伝統的な会計システムではなく、現代の組織が求める会計システムについて問われています。
Creativity を促進するために、Performance Management(人々の行動変容を目的とした業績管理)はどのように貢献できるか。
NPOにおける Performance Management は、営利組織(For-Profit Organization)と比べてどのような課題があるか。また、NPOの種類によってその難易度に違いはあるのか。
OKR(Objectives and Key Results)と MBO(Management by Objectives)の定義と具体例。それぞれどのような違いがあるのか。
私の専門である人事と同様に、会計の分野においても環境の変化に応じたさまざまな研究が進められており、特に変化のスピードが速い IT・Tech を中心に、新たな視点やシステムが活用されていることを学べたのは非常に有意義でした。バランス・スコアカード や OKR についても、何本も論文を読むことで、自分の理解がより確固たるものになったと感じています。
試験を受けた環境は、メルボルン大学と比べると驚くほど緩やかでした。そもそも試験会場は世界遺産に指定されているホールなどではなく、普通の教室。厳重な持ち物検査や電子機器の電源確認、本人確認、大量の試験監督者もおらず、メルボルンでの試験のような緊張感は皆無でした。メルボルンでの試験はまるでセンター試験のような厳格な雰囲気でしたが、アアルトでの試験はそれに比べてリラックスした環境で、高校時代の試験を思い出しました。
そのことを、メルボルンでのケースコンペを一緒に組み、尊敬する友人のP に話すと、彼は「Trust(信頼)があるんだね」と言っていて、なるほどと思いました。実際にフィンランド人が「私たちは互いを信頼しているから」と話すのを何度も耳にしましたし、世界幸福度ランキングで7年連続1位 という結果の背景には、社会に根付く信頼の文化 が大きく寄与しているのだそうです。

気持ちのよい天気でした
試験後、キャンパス内にある Startup Sauna(後述します)という施設で開催された "Female Founders Stories" というイベントに参加しました。このイベントは、フィンランド国内で女性(性自認が男性でない人を含む)起業家を増やすことをミッションに掲げる "Wednesday" という学生団体が主催していました。参加者は 起業を志す女性 を中心に、学生だけでなく、実際に起業している方々も多く集まり、熱気あふれる場 となっていました。起業を目指す人々が集まり、新たな挑戦を生み出す場のエネルギーは本当にすごい。

この学生団体が生まれた背景には、男女平等が進んでいるフィンランドとはいえ、起業家のうち女性の割合が 35% にとどまり、さらに スタートアップに限定すると11% という現状に対する強い危機感があったとのこと。ちなみに、日本では 2023年度の開業者に占める女性の割合は約25% だそうです。(意外と多いなと思いました。年々伸びているそうです)
今回のテーマは "failure(失敗)" でした。起業家というと 成功ストーリー ばかりが強調されがちですが、「実際の失敗経験を聞いてみよう」という趣旨で企画されており、学びの多い良いテーマだと感じました。
パネルディスカッション&質疑では、二人の女性起業家 が登壇し、「女性起業家として、起業を志す女性たちを支援したい」という熱い思いが強く伝わってきました。かなり率直な体験談や自己開示があり、これまで起業を志したことがない私にとっては、想像もつかないようなリアルな話を聞くことができ、とても勉強になりました。
印象に残ったメッセージ:
自分の第六感や違和感に従う。目をつむらず、自分に正直であること。
事業を選ぶ軸:解決しようとしている問題の規模、発生頻度、顧客にどれほどの苦痛を引き起こしているか
すぐに電話できるような潜在顧客がいない場合、本当に自分がその事業をやるべきかを再考する。
10%の計画と90%の実行。
問題解決をするのではなく、自分のアイデアに"fall in love"してしまった結果、ピンクのメガネ(pink glasses)をかけて、自分に都合の良い情報ばかりを集めてしまった。
バリデーション(検証)前から、自分の中に答えを決めてしまい、バイアスを生んだ。
バリデーションの段階で、潜在顧客にアンケートを取ったが、彼らが口にすることと、実際に購買行動を取ることは別物だった。
顧客がどう思うかを知るのが怖く、顧客との関係が"comfortable"ではなかった。
経験者に相談すればよかった。(フィンランドでは、多くの起業家が連絡先を公開しており、丁寧に連絡すれば9割以上は返信がある。もし返事がなくても、ただ忙しいだけなので、追いかけるべき。皆、あなたを助けたいと思っている。)
右肩上がりの指標だけをあてにしない。変動している数字こそ分析する。
登録者数は見ていて嬉しい評価指標だったが、本当に見るべきはリテンション(継続率)。 サービス解除をし忘れて課金され続けているユーザーが一定数いると分かっていながら、それに向き合うのが怖く、対応が遅れてしまった。
「ベストフレンドだから」という理由で共同経営者にしない。 相互補完的な関係であり、常にオープンで透明性を持ち、難しい会話もできる相手であるべき。
「なぜ全員女性なのか?」と意地悪な質問をする投資家もいる。(なぜ全員男性なのかとは聞かれないのに…) そのような場面では、毅然とした態度で、各自の専門性と能力に基づき、相互補完的な関係であること を説明する。
常に不安はつきまとうが、それを受け入れることを学んだ。 喜びや悲しみと同じように「不安」という感情を受け止める。むしろ、挑戦しない方がより不安になるだろうと思った。
投資家がミーティングでよく健康状態を気にしてくれた。 それは「良い人だから」ではなく、多額の資金を投資した事業が成功するためには、起業家の健康や精神状態が重要であると理解しているから。実際に不安を打ち明けると、一緒に乗り越えようと支援してくれることもあった。
"Done is much better than perfect"(完璧を目指すより、まずやり遂げることが大事)。 どんな内容でも、やると言ったことはすぐに実行する。すぐにできない場合でも、こまめにアップデートし、相手を安心させる。効率的な人だという印象は重要であり、それはずっと残る。
過去にスタートアップを事業縮小せざるを得なかった際、投資家の一人から「自分のポジションを引き継いでほしい」と声をかけられたことがきっかけで、現在のキャリアにつながっている。結果的に、失敗は失敗ではなくなった。

私のアアルト大学での個人的な探求テーマの一つに、アアルト大学の学生の多くが起業家を目指している背景 を理解することがあります。学内のアンケートでは、全学生の8割が「いつか起業したい」と考えている という結果が出ており、それを促進している 大学の機能や役割 について学びたいと考えています。
そこで、イベント終了後に登壇者の方に個人的にお話を伺いました。
まず、「起業家になるうえで重要なマインドセットには何があるか?」と質問したところ、最初から大きなものを目指すのではなく、自分の手が届く範囲の問題解決に取り組むことが大切 だと教えていただきました。
彼女が起業家を志した理由は、「チェンジメーカーになりたかったから」 とのこと。アアルト大学ではマーケティングを専攻していたそうですが、やはり テクノロジーやアートなど、自分とは異なる専門性を持つ人々と学び、交流できたこと が大きな価値になったそうです。また、スタートアップを支援するさまざまな団体と関わる機会があったことも非常に役に立ったとのことでした。
アカデミアにおいては、失敗とは次のように定義されています。
1. 防げる失敗(Process Deviations)確立されたプロセスからの逸脱によって発生する望ましくない結果。
トレーニングやプロセスの改善により、同じ失敗の再発を防ぐ。
繰り返し発生する場合や重大な過失がある場合は、適切な制裁も検討する。
2. 複雑な失敗(System Breakdowns)複数の要因が絡み合い、新たな組み合わせによって発生する望ましくない結果。
多角的な分析を通じて根本原因を特定する。
リスク要因を明確にし、システム全体の改善を進めることで再発防止を図る。
3. 知的な失敗(学びにつながる失敗)(Unsuccessful Trials)新たな挑戦の結果として生じる望ましくない結果。
失敗を学習の機会と捉え、称賛する文化を醸成する(例:失敗パーティーや失敗賞の導入)。
結果を分析し、新たな仮説や実験につなげ、イノベーションを促進する。
▼スタートアップサウナについて(2017年の記事ですが)
スタートアップ・サウナのルーツは2008~09年にさかのぼります。
当時のフィンランドでは、「起業」や「スタートアップ」に対する雰囲気が、今ほど肯定的ではありませんでした。優秀な学生はノキアやコンサル、金融などに就職を目指していました。起業はクールだと思われていなかったし、そもそもキャリアの選択肢になかったように思います。
そんな中、08年にアアルト大学の学生たちがアメリカへスタディツアーに行って、スタートアップのエコシステム(生態系)を目の当たりにしたんです。そこでは起業家として成功した卒業生たちが大学に戻って、自分たちのビジネス経験を後輩に伝えていました。そういう環境をフィンランドでも実現させたいと思ったのが始まりです。
帰国後、「アアルト・アントレプレナーシップ・ソサエティ」(アアルトES)という学生組織が作られました。アアルトESは起業に興味のある学生や若者たちを対象に、ハッカソンやブートキャンプなどいろんなイベントを開きました。そのイベントの一つとして、10年に始まったアクセラレーター・プログラムが「スタートアップ・サウナ」です。だから、スタートアップ・サウナは、学生運動から始まったと言えますね。
それでは、良い週末をお過ごしください!
最後までお読みいただき、ありがとうございました!