ときどき日記(349)G7広島開催、一敗地にまみれる
順番でお鉢が回ってきたのであるなら、日本での開催はやむを得なかったとしても、広島での開催は百害あって一利無しだった。
政権たっての希望で広島での開催となったが、原爆資料館を見せつけるのも、その理由のひとつかもしれないが、エクスキューズにすぎず、お膝元の広島にお金を落とさせるのが一番の理由だろう。
おかけで、百害あって一利無しとなり、一敗地にまみれた。
原爆の悲惨さを訴え、核兵器廃絶を目指すものと言う理由で、資料館へ連れて行くわけだが、そもそも日本へ原爆を投下したのは、戦争を終わらせるためのものではなく、実験だったということを忘れてはならない。
ポツダム宣言を受諾し、終戦に向けて動いていたのに投下したのだ。
アメリカは事前に観測機器を配置していたし、相当の調査資料を持ち帰っている。
日本よりも多くの情報、資料を得たと考えられる。
つまり、資料館など見せなくても、核保有国、連合国側は、核兵器がどれだけ非人道的で悲惨なものかなど十分知っているのだ。
却って
「だから、相手を屈服させる兵器として極めて有効だし、やられるのも恐ろしいから保有するんだよ」
と改めて認識させたようなものだし、
「こうやって復興できたんだからよかったね」
と、贖罪意識を軽くしてやったようなものだ。
また、核保有国に恥をかかせたようなものでもある。
「こんなに酷い物なのに、まだお持ちで?」
恥をかかせたところで、たったそれだけで核兵器を放棄するはずがない。
そんなことで放棄するぐらいなら、あれから80年近くも経った。世界で核兵器の総数が増えることはなかったはずだし、とっくに核兵器なんて無くなっていた。
ゼレンスキーが来るのも、恥をかかされた事への意趣返しだ。
G7という衆人環視の中で、可哀想なゼレンスキーを前にして、
「で、お前、いくら出すの?」と迫られ、ぼったくられるのが関の山だ。
対ロシアも議題になっているのだから、広島ではなく根室あたりで、北方領土を見せた方が良かったのではないか。
あるいは、インド太平洋も議題になっているのだから、沖縄でも良かったかもしれない。
広島は最悪の選択だった。