川島雄三『幕末太陽傳』【勝手に西村晃映画祭①】
コロナ禍を含むこの5年間で、身の上にいろんな変化が起きた。思わぬ病気もした。周囲のひとたちも病気をわずらった。その向こうに、衰えや死を意識することも度々ある。
5年ぶりの『幕末太陽傳』を自分の境遇に寄せて観るつもりではなかった。そういうふうに作品を鑑賞する態度は不純だとさえ思う。しかし、5年前とは違って「生への執着にこそ宿る強かさ」をわたしがはっきりと感じ取れたのは、わたしの想像力が育ったからではない。
そもそもなぜ『幕末太陽傳』を見直そうと思ったかといえば、わたしの好きな脇役俳優・西村晃の出演作品のうちわたしが好きな作品をいくつか絞って、その感想をnoteに更新するという企画を思いついたからである。奇しくも今年は西村晃生誕100年だそうな。これは運命だ。
題して勝手に西村晃映画祭。先日新文芸坐が西村晃特集を開催していたが、こちらはひとりで勝手にやることなのでセレクトのバランスはこの際度外視する。また企画の中心そのものが西村晃なので、感想は西村晃中心にせずいつも通りのテンションで書くことにする。
『幕末太陽傳』での西村晃は居残りの佐平次の友人役で、序盤に登場するにすぎない。“気病みの新公”というその役を、西村晃はあくまで自然に演じている。しかし本当はお金もないのに大名遊びする気満々なフランキー堺、金坊(熊倉一雄)、長《ちょ》ンま(長こま。三島謙)と、同じくお金もないのに遊びにきたが臆病風に吹かれる新公(西村晃)のやりとりは、古典落語「居残り佐平次」をそのまま再現するようなおかしさで、この作品全体の調子を観客に印象づける。
左幸子が小沢昭一を巻き込んで心中しようとするくだりも、落語から抜け出したかのようなコメディっぷり。映画の面白さと落語の面白さが混ざり合い、役者の演技も楽しめる最高の一作である。
女郎のおそめもこはるも、がめつくて生命力に溢れてチャーミング。こはる演じる南田洋子は矜持のある大人の女性という感じにあふれているし、左幸子は現金でちょっと小悪魔っぽいおそめを楽しげに演じている。この二人が取っ組み合うシーンは長回しでセットを大きく使うのだが、着物で大変だろうにふたりがド根性で揉み合った結果見応えのあるシーンとなっている。
なお南田洋子、公開当時なんとまだ24歳!ちなみにフランキー堺は28歳、左幸子は27歳、石原裕次郎は23歳、芦川いづみ22歳、岡田眞澄22歳、小沢昭一28歳、熊倉一雄30歳、菅井きん31歳、殿山泰司42歳、西村晃は34歳。山内久は32歳、今村昌平31歳、川島雄三39歳。
全体的に若いのにみな自立して自分の仕事を成していて、かっこいい。見習わなければ……。
雑誌「月刊シナリオ」2012年1月号には、『幕末太陽傳』の決定稿とともに、田中啓一という名で脚本に参加した山内久(映画『豚と軍艦』『私は棄てた女』ドラマ『若者たち』)のインタビューが掲載されていてこれが結構面白い。
詳細は割愛するが、本作品は5代目柳家小さんの口演集から着想を得た山内久と川島雄三が10年温めた企画を、川島雄三がその10年の間に移籍した先の日活で実現した作品だという。しかし、企画が実際に動き出し脚本執筆段階になると、川島・今村─山内でビジョンの違いが明らかになる。助監督として脚本づくりに関与した今村昌平について、山内は以下のように証言している。
ただ山内久自身の証言によれば、今村は山内版を擁護していたようだ。このインタビュー記事に掲載されている初稿(山内版)と決定稿の川島・今村版には大きく隔たりがあり、大変興味深い。読者おのおの誌面で確認していただきたいところだが、簡単に言うと初稿はウェットで時代劇らしい書き口で、決定稿はテンポがよく喜劇的な側面が大きくなっている。
リアリズムを求める今村が本来川島雄三につくべきところを山内を擁護する立場にまわるのはなんとなく納得できるが、『幕末太陽傳』という作品においてはコメディに徹した川島雄三のスタンスで間違いなかったのではないだろうか。
アバ金(小沢昭一)が海の中でつかむ犬の死骸といい、佐平次の悪い咳といい、「地獄も極楽もあるもんか、おいら未だ未だ生きるんでぇ!」という名台詞といい、明るいなかにも作品の随所に死の匂いが漂う。底知れぬ暗さとひたすら明るいコメディの部分が緩急をもってうまく構成されているのだ。途方もない生命力や生への執着への肯定は、「若い頃から神経の病に侵されていた川島雄三本人がたどり着いた境地」と言ってもいいだろう。
今回わたしは2度目の鑑賞だったのに、声をあげて笑いながら観た。そして観終わったあとは光が消えたあとのように寂しく、人間の生をこんなにも強く肯定する作品だったのだと改めて実感したのだった。
ちなみにわたしが一番好きなシーンは、石原裕次郎が芦川いづみと梅野康靖を舟に乗せて向こう岸の五反田へ行くのをフランキー堺が見送るシーン。去り行く高杉晋作(石原裕次郎)に咳のことを指摘された佐平次の表情の変化と、その後の粋なやりとりが作品を象徴しているように思えてならないのだ。
具体的にはどんなふうだったか?それはぜひ、ご自分の目でお確かめくださいませ。
初見のひとも、もう既に見たひとも!
今日はこの辺りで。
ようやく涼しくなってきて一安心。でも夏の疲れが溜まっていると思うので、休めるときにしっかりお休みくださいね。あと蚊がちょっと飛んでるので気をつけましょう。
それではごきげんよう!
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