野村芳太郎『東京湾』【勝手に西村晃映画祭⑤】
「勝手に西村晃映画祭」と銘打ってるわりに西村晃にあまり触れてこなかったこのシリーズ。この後は西村晃が大活躍の作品がほとんどになる予定なので、引き続きよろしくお願いします。
今回の『東京湾』は厳密には西村晃主演ではないのだけど、ほぼ主演に近い─とわたしは思っている。西村晃の存在感と演技力を堪能するには恰好の作品。
この作品を語りたいがためにこの特集を始めたといっていいくらい。わたしが西村晃の良さに目覚めた名作です。
『東京湾』もしくは『左ききの狙撃者 東京湾』は野村芳太郎の監督作品のなかでも指折りの名作サスペンス。脚本は松山善三と多賀祥介の共同執筆。多賀祥介は後年、ATGのプロデューサーとして活躍した。
この作品を企画したのはなんと俳優の佐田啓二。松竹のHPで「第1回企画作品」と紹介されてるのを見て、これが最初で最後の製作作品になってしまったのだな…と悲しくなった。
残念ながら本作はソフト化も配信もされていない。辛うじて過去にVHSは発売されていたようだが、現在はほぼ流通していない。確認してないけどオークションに出てたとしてもすごく高値がついてるんじゃないかな。作品紹介ページのポスターも折れ目ついてるし、、
…というわけで、こちらは現状名画座で上映されるのを待つほかない作品です。
※いまJAIHOで「小津の先、知られざる珠玉の松竹作品」という特集を組まれているのだが、ここにも入っていない。もしかしたら見られるかなあと期待したんだけど。
物語のベースは、西村晃演じるワーカホリックな刑事の澄川と石崎次郎演じる若い刑事・秋根がコンビを組み、運転手(浜村純)狙撃事件の捜査を進める…というもの。
澄川の妹・ゆき子(榊ひろみ)は秋根と付き合ってて、澄川は自身が離婚した経験からゆき子が刑事と交際することに反対している。ガンコ親父ならぬガンコ兄貴のようにも見えるが、それだけではない。戦後派の明るいあっけらかんとした心持ちと、苦労し心に傷を負った戦中派との間にある種の隔たりがあることを示す要素のひとつとして機能している。そしてこの心の隔たりが、戦友で犯人・井上役の玉川伊佐男に共感を抱く過程に説得力を持たせてもいる。
終戦から当時すでに20年近く経ち戦争を覚えてない世代が出てきた頃と考えれば、こういう世代間ギャップや戦後に順応できないひとの孤独を描く作品がつくられたのは自然なことだっただろう。(97年生まれとしては勉強と想像力で補うほかない部分だけど…。)
孤独な澄川と井上がたどり着く結末は衝撃的で忘れがたい名場面なので、ぜひ観てほしいなと思う。ラストも切なかった。
あと本作は、ロケ撮影が多く当時の東京が映し出されているという面でも貴重。
なお西村晃は本作公開の1962年時点でまだ39歳なのだが、若い2人と比べてベテランのような威厳があるので余計落ち着いて見える。西村晃はよく刑事役を演じているが、本作は『霧笛が俺を呼んでいる』での刑事役以上にインパクトがある。
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中途覚醒してしまい諦めてこの記事を書いてたら、耳元で羽音がした。気のせいか体の数箇所がかゆい。まさかとおもうけど季節外れの蚊だろうか…?
今回はこの辺りで。ごきげんよう!