見出し画像

【一千文字評】トップガン マーヴェリック - トム・クルーズ、移動性のスター

トム・クルーズは移動性のスターだ。
彼は一点に留まることなく、常に運動し、移動し続ける。そのフィルモグラフィは、彼の移動してきた軌跡だ。

トムを正真正銘のスターへと推し上げた『トップガン』は最初にして移動性の極地だと言っていい。彼が演じたマーヴェリックは、空をも切り裂くスピードの世界を追い求め、そのためなら容易に命をも危険に晒す無茶な若者だった。彼が操るバイクやF14戦闘機は男性的な直線軌道を描き、その姿が世界中を虜にした。

『トップガン』がそうであるように、当初のトム・クルーズはスピード至上主義で直線的な移動性を体現していた。急な方向転換は不可能、クラッシュかゴールしかない二者択一の世界。それは“乗り物”という機械の力を借りた移動性でもあった。
再度トニー・スコットと組んだ『デイズ・オブ・サンダー』でもレースドライバーを演じ、演技派としての評価を得た『レインマン』でさえ、彼はあくまで車を運転する男だった。

だが年齢を重ねるにつれ、トムの移動性は変化を見せていく。
『宇宙戦争』でのトムは無力なまま全てを奪われる男を演じているが、その象徴として“車”の喪失が描かれる。看板シリーズである『ミッション: インポッシブル』では、ド派手なバイクチェイスが売りだった2に対して、3では一転。最大の見せ場は自らの足で全力疾走をするトムの姿へ。『ローグ・ネイション』では貨物機へ命懸けでしがみつき、『フォールアウト』ではヘリコプターへ決死の覚悟でぶら下がる。
それまで“乗り物”を華麗に操縦してきたはずのトム・クルーズは、次第に機械仕掛けの乗り物に翻弄される生身の人間へと変化した。
そして今や観客がイメージするトム・クルーズは、美しい姿勢で全力疾走をする姿ではなかろうか。

男性的で直線的なスターだったトムは、自分の足で走っていく人間的なスターの姿を築き上げた。

そして36年振りの続編となる『トップガン マーヴェリック』。戦闘機とバイクを乗り回すトム・クルーズは変わらずだが、そこにかつてのような頑なさはない。マーヴェリックが船の操縦を習うシーンも印象的。彼は初めて直線的世界とは正反対の、流動的で女性的な乗り物に触れる。

そして相棒の遺し子ルースターの元へ向かう、マーヴェリックにとって最も大切な瞬間、トムは、自らの足で走っていく。
一歩一歩と自らの足で進む移動性こそ、トム・クルーズが36年かけて勝ち得たものだった。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?