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小説 「うん、知ってる」


「若いっていいねぇ」
リンゴジュースと混ざる氷は、カラコロと音を立てている。
「私たちも言うて二十代よ」
彼女は私と同じ方向を向き、窓の外を眺めながらつぶやいた。
視線の先には、中学生あたりと思われる女の子が二人、
戯れるようにして話し込んでいた。
「私は残りの時間に焦ってるんじゃないの、戻らない時を惜しんでるの」
真剣な気持ちで言って、ハッと口を閉じる。
しまった、今のは失言だ。
シリアスな展開は日常生活に要らない。
今のはノリで受け流せばよかったものだ。
彼女はきょとんとしたような顔をしてから、
「そうね」とだけ言った。
多分、きっと、あえて。
私は知らずうちに身体中に入れていた力を抜いて、ふーっと息を吐く。
彼女は強かだから、何もわかっていないようなふりをしても、私の心うちは判っているんだろう。彼女の世渡り上手は、私には通用しないが、その身の振り方は学生時代から熟知している。
そんなことを思ってから、ふと、当たり前のことなのに初めて感じるような、
そんな感覚に陥った。
私たちは大人になったのだ。今度こそ。
ノリという文化で人間関係の表面を生き抜いていた学生の頃とは違う。
私は初めて、彼女と通じ合った気がした。
「ねぇ、気づいてる?」
口から漏れ出た本音。
「うん、気づいてるよ」
返ってきたのもきっと本音。
気づいていたのに、何も言わなかったの、と責める気持ちにはなれなかった。
私も気づいていて、言わなかった。
知っていて、言わなかった。
彼女も知っていて、言わないということを、私は知っていた。
お互いにわかっていて、言わなかったのは、あの頃の言葉の力の強さがわかっていたからだ。
「言ってもいい?」
二度目の本音。
「いいよ、」
彼女の二度目の本音。
壊れないでくれよ、と願うものの、壊れはしないだろう、と確信を持って云った。


「私君が嫌いだったよ」



「うん、知ってる」

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